第181話 星火燎原

坂道を抜けて小高い丘の上に到着した火月の目の前には、

星明かりに照らされた緑の草原が一面に広がっていた。


周りは海で囲まれており、

自分のいる場所が小さい孤島であることを理解する。


そして、何より目を引くのは、

二十メートルほど前方にそびえたつ西洋館風の巨大な建造物である。


白を基調としたその洋館は崖のほうまで敷地が広がっており、

真正面には高さ三メートルほどの鉄格子の門を構えていた。


建物は門を中心として、

左右対称に緑青色のとんがり屋根を乗せているのが印象的で、

何処かの貴族が住んでいるんじゃないかと思うほどだ。


また、奥には別館のようなものが建っており、

正面の建物と空中回廊でつながっているようだった。


まさか、こんな立派な洋館を異界で目にすることになるとは思っていなかったので、その存在感に圧倒される火月だったが、

別館が赤い炎で燃え上がっている様子を目にして我に返る。


そう……先ほど感じた焦げ臭い匂いの正体はこの別館の炎上だったのだ。


建物をよく観察すると、所々で窓が割れていたり、

何かに攻撃を受けた傷跡のようなものが残されていた。


おそらく、この洋館の中で怪物との戦闘があったのだろう。


突如大きな爆発音が聞こえたと思ったら、別館の炎上が更に激しさを増す。

視線を上げると空中回廊へ火の手が回っていることに気づく。

このままだと本館まで炎上して、中に入ることすら難しくなってしまうだろう。


正直、悩んでいる時間はなかった。


……


…………


だが、足が思うように動かない。

まるで接着剤で固められてしまったかのようにビクともしないのだ。


今目の前で起きている出来事に気圧けおされて、足が強張こわばっているのだろうか。


明らかに不利な状況に自ら突っ込んでいくなんて、

今まで経験したことがないのだから、当然と言えば当然かもしれない。

ファーストペンギンの仕事とは訳が違う。


もしかしたら、無意味な行為かもしれない。

後になって、やらなければ良かったと後悔するかもしれない。


でも……それでも、今は動かなければならない。

そうしなければならないと思ったのだ。


腰のホルダーに手を伸ばし短剣を勢いよく引き抜くと

自分の右足に突き刺す。


時計の能力によって身体能力が一時的に強化されているとはいえ、

全身に激痛が走る。


だが、おかげで足が動くようになった。


「お主、何をやっておるのだ? とうとう血迷ったか」


火月とようやく合流したねぎしおが、

ぜぇぜぇと息を切らせながら話しかけてきた。


「……かもしれないな。何せこれから火の海に飛び込むんだからな」


火月の視線の先を追ったねぎしおが、

炎上している洋館を視界に捉える。


「まさか、あの中に入っていくつもりじゃなかろうな?」


「そのまさかだ。

 宣言通り、ちゃんと骨は拾ってもらうからな」


そう言い終えるとねぎしおを小脇に抱えた火月が、

一直線に鉄格子の門へ突き進む。


キラキラと瞬く星空に、ねぎしおの悲痛な叫び声が響いた。

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