第180話 満天

一番最初に目に入って来た景色は、漆黒の空に輝く満天の星だった。

そのあまりの数の多さに圧倒される。


普段何気なく見ている夜空は、

月が出ているかいないかくらいしか気にしたことがなかったが、

周りに明かりが無いだけで、

これだけの星がちゃんと存在しているのだと再認識する。


目に見えるものが全てではない、

目に見えなくても存在しているものは確かにあるのだ。

それを見ようとするかしないかは、他でもない自分自身である。


「随分と視界の悪い場所に来たようじゃな、暗すぎて何も見えぬぞ」


「正確な時間はわからないが、この世界だともう日が落ちてるみたいだな。

 暗闇に目が慣れるまではここで待機しよう。

 怪物の気配も感じないから、今のところは安全なはずだ」


今自分がどんな場所にいるか分からない以上、

下手に動くのは得策ではない。


その場で身を屈めた火月は空を見上げて周囲の音に耳を傾ける。

背中の方から風が強く吹き抜け、草木が揺れる音が聞こえたと思ったら、

同時に潮の香りが鼻腔に広がる。


「もしかしたら、海が近いのかもしれないな」


「海じゃと? 

 確かお主らの世界で言うところの

 陸地以外の部分……大量の塩水をたたえている場所のことか?」


「ああ、その認識で問題ない」


「それは興味深いのぅ。

 知識としては持っておったが、

 一度本物をこの目で見てみたいと思っておったのじゃ」


完全に観光気分になっているねぎしおに呆れつつも、

この星空に海が近いとなると何処かのリゾート地にでも来たんじゃないか

と錯覚してしまいそうになる。


徐々に暗闇に目が慣れてきた火月は再度周りを見渡すと、

自分たちが低い山の坂道のような場所にいることに気づいた。


といっても所狭しと木々が生い茂っている訳ではなく、

ぽつぽつとシダレヤナギのような木が並んでいる程度のもので、

その坂道を登っていけば行くほど、木の本数は少なくなっているようだ。


「とりあえず、この道を登って上に向かおう。

 このまま進んで行けば視界も広がるだろうし、

 何かしら情報が得られるかもしれないからな」


今後の方針をねぎしおに言い終えると、足早に坂道を登っていく。

とにかく今は一刻でも早く修復者の元へ辿り着きたかった。


それが相手のためなのか、それとも自分のためなのかは正直分からなかったが、

今は自分の直感に従うのがベストだと思ったのだ。


坂道を登っていけば行くほど、はやる気持ちが抑えきれなくなってくる。

それは単に緊張していたからではなく、

先ほどまで感じていた潮の香りを全く感じなくなったからだ。


代わりに何かが燃えているような焦げ臭い匂いを感じた火月は、

時計の能力を瞬時に発動すると、一気に坂道を駆け上った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る