第179話 愚人は夏の虫

直ぐに扉へ向き直り、水晶の状態を確認する。


やはり何度見ても四隅の水晶の上二つは、

片方が紅色で片方が蒼色になっていた。


今まで蒼だったものが紅になる理由……それは一つしかない。

中に入っている修復者の内、どちらかが命を落としたということだ。


最大人数が二人の扉に対し、一人分の空きができたのだから

水晶の色が紅になるのは何ら不思議な話ではない。


だが、一人分の空きができたからといって火月が扉に入る理由はなかった。


冷静に考えれば、二人の修復者の力をもってしても、

この扉の怪物を処理しきれなかったと判断できる。


もちろん、偶然的な事故であったり、

実は既に怪物を倒していて、

その後に傷を負った一人の修復者が命を落としだだけかもしれない。


それこそ、元田さんの時のように……。


だが、最悪の状況を考えるなら

今もなお怪物と一人の修復者が戦闘中の可能性も十分あり得る。


二人で倒せなかった怪物を一人で相手にするのは、

あまりにも分が悪い。


つまり、何が言いたいのかというと

残りの修復者が生き残れる可能性は限りなく低いということだ。


そして、そんな状況が予想できる扉の中へ向かおうとする修復者が

一体どれだけいるのだろうか。


蜃気楼パルチダも修復者も正義のヒーローじゃない。

出来ることをやって、出来ないことは割り切る……

そんなことを以前水樹さんが言っていた気がする。


実際その通りだと思う。


火月も自分の適性にあった活動として、

ファーストペンギンの仕事を続けてきたのだ。


だから、この状況で自分が扉に入ったとしても何の助けにもならないだろう。

そんなのは自分が一番よく分かっている。


……


…………


右手を強く握りしめた火月は、

煌々と輝く紅い水晶を睨みつけると、一度大きく深呼吸をする。


緊張の糸がほぐれ、全身から丁度良く力が抜ける。


『きっと、藤堂なら今の状況を楽しみながら、

 要なら迷わず扉に入っていくんだろうな……』


そんなことをふと思った火月は、ここ半年で会った修復者のことを考えていた。


それぞれが自分の目的のために活動しており、

少なからず火月も彼らの考え方に影響を受けた。


最悪のケースを想定して、できない理由を並べ立てるのは自分の悪い癖だ。

ならば、今の自分がすべきことは―――――。


「何じゃ? その扉には入らぬのか?」


突然声が聞こえたので、後ろを振り向くと、

少しだけ頭に雪をかぶったねぎしおが火月を見上げていた。


「お前……家にいたんじゃなかったのか?」


「ついでに買ってきて欲しいものがあったから、後から追ってきたんじゃ」


「……そうか」


それ以上ねぎしおは何も言ってこなかったので、質問に答える。


「入らないつもりだったんだが、たった今入ることに決めた。

 たまには火中の栗を拾いに行くのも悪くないなと思ってな」


「ほぅ。火傷程度では済まぬかもしれぬぞ?」


「この寒い日に身体を温めるには、それくらいが丁度いいさ」


「ならば我も付いていってやろう。

 せいぜい骨くらいは拾ってやるから安心するがよい」


「それは心強いな」


ねぎしおが左肩に飛び乗って来たので、そのまま扉へ向かう。

火月達が白い光と共に姿を消すと、紅色だった扉の水晶の色が蒼色に輝き出した。

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