第6章 金蘭

第176話 年始

『寒さに対抗する方法はただ一つしかない。

 それは、寒さをいいものだと考えることだ』


最近読んだ本に、そんなことが書いてあった気がする。


結局のところ、気の持ちようってことなのかもしれないが、

寒さが何よりも苦手な火月にとって、

そんな風に考えられるほどの余裕はなかった。


どう足掻いても、寒いものは寒いのだ。


リビングの炬燵こたつに入りながら、

ふと顔を上げて窓を眺めると、白い雪がしんしんと降っていた。


目の前のテレビでは、今朝からずっと大雪のニュースばかりを放送しており、

女性のリポーターが駅の近くで生中継をやっているようだ。


年明け早々から最強の寒波が到来しているらしく、

この時期に関東で大雪になるのは珍しいとのこと。


それでも、テレビの中継先には多くの人が出歩いているように見えた。


年明けと言えば、初詣や福袋といった印象が強いので、

外出する人が増えるのは理解できるが、

この天気にも関わらず外に出ることができる人の行動力には素直に感服する。


テレビの中継場所が変わり、都内で有名な神社が映し出される。

相変わらず多くの人で賑わっている様子だった。


「それにしてもお主ら人間は、よくあんな混雑した場所に行けるのぅ。

 いや、むしろ人混みを目当てで出かけておるのか?」


座椅子に座布団を何枚か載せ、

高さの調整をして炬燵に入っているねぎしおが話しかけてくる。


「そんな酔狂な奴はいないだろう。

 やっぱり有名な神社でお参りしたいから、目的地が大体同じになるんじゃないか」


「その神社とやらに行って、お主らは何をするんじゃ?」


「家内安全とか、交通祈願、合格祈願とか、

 今年一年が上手く行くように神様にお願いしてるのさ」


「普段お参りをしないのに、年始めの時だけお参りをして

 願いを聞いてもらおうなんて何とも虫の良い話じゃな。

 我が神だったら同等の対価を求めるぞ」


「そうだな、俺もそう思う。

 だが、神様ってのは、実はかなり気前のいい存在なのかもしれないぞ?

 あとは、そうだな……初詣は願いを聞いてもらうというよりも

 神様への決意表明みたいなものだと思ってる。

 自分がやれるだけのことはやるので、

 後ろから見守っていて下さいって感じだ。

 まぁ、他の人かどう祈っているかなんて誰にもわからないから、

 実際どれだけの人が願いを聞いてもらおうとしているのかは

 確かめようがないが……。

 つまり何が言いたいかっていうと、

 神様ってのは人にとって都合の良い存在なんだろうさ」


「そんなもんかのぅ」


この話題に興味がなくなったのか、

ねぎしおが机の上に置いてあった蜜柑を二個ほど手に取ると、

ひょいと口に入れる。


昨日一箱買ってきたばかりの蜜柑箱は、もう空になりつつあった。

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