第175話 合縁奇縁

自宅に帰って来た火月は、

背中に背負っているリュックをリビングのテーブルに置くと

そのまま自室へ移動する。


灰色のロングコートを脱ぎ、

クローゼットのハンガーを取り出しながら、今日までの数週間を振り返る。


要からの恋愛相談は予想外のものではあったが、

自分にとって初めて知ることが多い貴重な経験になったと思う。


終わってみればあっという間だった気もするが、

後は要自身と水樹さんの問題なので、自分の役目はここまでだろう。


例え時計の能力が使えなくても、

実界でファーストペンギンに近いことができるという事実は、

何とも言えない達成感のようなものを感じさせてくれていた。


ふと自室の机に視線を向けると、

ドキパニのパッケージが置いてあることに気づく。


まさか、自分がこういうゲームを買うとは思っていなかったので、

人生何があるか分からないものだとつくづく思う。

それだけ自分も必死になっていたということなのかもしれないが……。


机の上にはドキパニだけでなく、薄茶色の紙袋も置いてあった。


「そういえば……」


ある記憶が呼び起された火月は紙袋を手に取ると、中身を確認する。

そこにはドキパニとは違うタイトルのゲームが一つ入っていた。



――――――


――――――――――――



「目的のものが購入できて良かったです。本当に助かりました」


最後までござる言葉を使うつもりではいたが、

相手にお礼を伝える時くらいはちゃんとした言葉で伝えようと思った火月は、

ゲームコーナーの外で待っていた小日向に感謝の言葉を伝える。


「感謝されるほどのことではないでござるよ。

 また何かあったら遠慮なく頼って欲しいでござる。

 毎週とはいかないでござるが、

 拙者もこの聖域に来ることは多いでござるからな」


「ありがとうございます。

 次お会いした時にはゲームの感想もお伝えできるよう頑張りますね」


「それは楽しみでござるな」


「では、失礼させてもらいます」


そう言い終えると、

上りのエスカレータの方へ向かって歩き出そうとした火月を小日向が呼び止める。


「中道殿!」


足を止めた火月が振り返ると小日向が小走りにやってきて、

薄茶色の紙袋を差し出してきた。


「どうか、これを受け取ってほしいでござる」


「これは一体?」


「拙者が中道殿に見繕ったゲームでござるよ。

 中道殿が今日買ったゲームは

 あくまでもご友人のために購入されたものでござろう?」


「それはそうですけど……自分が小日向さんからゲームを貰う理由がないですよ?」


「このゲームは拙者が個人的に好きなゲームでござるから、

 布教のために中道殿にプレゼントしたいと思ったでござるよ。

 もし、興味があれは一度プレイして欲しいでござる。

 もちろん、いらなければ捨ててもらっても構わないでござる」


「捨てるなんてできませんよ。

 でも、わざわざありがとうございます。

 それなら、是非こちらもプレイさせてもらいますね」


そう火月が返事をすると、サングラス越しに小日向が安堵しているように見えた。


「それでは、また」


火月が軽く会釈をすると、小日向が口元に笑みを浮かべ、

敬礼のポーズをとっていた。



火月の背中が消えるのを見送った小日向が一人呟く。


「人も小説もゲームも

 偶然のように思える出会いは、きっと必然なのでござろうな……」



その後、火月が恋愛ゲームにのめりこむようになったのは、また別のお話。

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