第171話 屠所の羊

「なぁ、本当にやるのか?」


駅に向かって歩いている要たちを先回りし、

物陰に隠れながら二人の様子を窺っていた火月が藤堂に話しかける。


「当たり前じゃないですか。

 だって、今日のデートってもう終わりなんですよね?

 このままじゃ、水樹さんの記憶に何も残らないデートになっちゃいますよ?」


藤堂の言う通り、今日のデートは映画を見てお茶をするだけのプランだった。


というのも初回のデートで長時間相手を連れまわすのは良くないと

ドキパニで学んだし、デート自体が初めての要にとって、

長時間のデートはハードルが高い判断したからだ。


ただ、当たり障りのないデートになってしまったのもまた事実。

次のデートのチャンスがあるかどうかも分らない。

ならば、ここで行動を起こして

彼女の記憶に残るようなイベントを起こすべきという藤堂の指摘も一理あった。


「……腹をくくるしかないようだな」


「火月よ、何も心配する必要はないぞ、何たって我がついているのだからな!」


相変わらず威勢の良さはだけは人一倍のねぎしおだったが、

今回ばかりはこいつに頼るしかない。


「この作戦が上手くいくかどうかは、お前次第だ。

 要の為にも頼んだぞ」


「可愛い我が弟子の為なら、なおのことやる気がみなぎってきおったわ。

 毎日昼ドラで色んな修羅場を見てきた我に任せておくが良い!」


リュックのファスナーを開けて、

ねぎしおの頭がリュックから少しだけ出るように入れると、

そのまま口を閉めずに背負う。


白いマスクをつけて、藤堂から借りたサングラスをかける。

ふと視線を上げると、反対方向から要たちが歩いてこちらに向かってきていた。


車道側を歩いているのは水樹さんのようで、

これなら作戦が上手くいきそうだ。


今度はレディファーストについても勉強しなければと思いつつ、

ロングコートのポケットに両手を突っ込んだ火月は、

物陰から車道側に移動すると、ゆっくりと要たちの方へ向かって歩き始めた。

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