第165話 白い絨毯

「ごちそうさまでした」

そう言い終わると同時に、茶碗をテーブルの上に置く。


「まだご飯が残っていますよ?

 もしかしてお口に合いませんでしたか?」


テーブルの反対側に座っている叔母が心配そうな表情でこちらを見ていた。


「いえ、凄く美味しかったです。

 でも、あまり食欲がなくて……」


「そうですか、無理は良くないですからね。

 そうだ、念のため風邪薬を飲んでおきましょう。

 ちょっと待っていて下さい」


叔母が椅子から立ち上がると、

キッチンのシンク下の戸棚を開けて薬を探し始めた。

何気なくその後姿を眺める。


高校二年の冬、唯一の肉親であった母親が病死した。

もともと身体が弱い人だったが、

一年前に父親が兄を連れて家を出て行ってしまってからは、

精神的にも不安定になっていた気がする。


不思議と涙は出なかった。


身近に病弱な家族がいると、

いつかこんな日が来るんじゃないかと最悪のケースを想定するものだ。


家族でも友人でも、仲が良すぎると失った時の悲しみが大きくなる。

だったら最初から一定の距離を開けて接した方が

心のダメージが少なくなるのではと考えた。


結論から言うと、この考え方は正しかったと思う。

現に今、自分の心の喪失感はあまりなかった。


結局、父親と連絡と取ることができなかった俺は、

母親の妹にあたる叔母に引き取られた。


叔母は結婚していたが子供はいないようで、快く自分を受け入れてくれた。

叔父さんとも話をしたが、物腰が柔らかい人で自分の事を凄く心配してくれた。


もっと厄介者扱いされるかと思っていたので、

この二人には感謝してもし切れない。


だから、大学生になったら直ぐに一人暮らしをするつもりだ。

大学の学費も奨学金の制度を利用して、

なるべく迷惑をかけないようにしよう。


「はい。これを飲んだら少し横になった方がいいですよ」


叔母から白湯の入ったマグカップと薬を受け取る。


「ありがとうございます」


薬を胃の中に流し込むと、食べ終わった食器を流し台に持っていく。

残ったご飯はラップをして夜に食べることにした。


自室へ戻る途中、廊下の窓からふと庭を眺める。

バイカウツギの花びらが周りの地面を純白に染めていた。

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