第164話 映画館

水樹さんと要が映画館に入っていくのを確認した火月は、

気配を消しながら後ろをついていく。


ちなみに二人が見る映画は事前に決まっていて、

確かホラー映画だったはずだ。


クリスマス直前ということで館内は賑わっており、

当日分のチケットが残っているか不安だったが、

難なくチケットを購入することができたのは僥倖だった。


デートには恋愛映画が定番とも思ったが、

ホラーの方がドキドキするだろうし、

吊り橋効果的なものを期待し、三人で話し合った結果ホラーになった。


まぁ、水樹さんがホラー映画で怖がる想像は全くできないが……。


二人が座っている場所よりも、やや後ろの座席に座ると同時に小さく息を吐く。

映画なら基本的に黙って見るだけだから、要が何かやらかす心配もないはずだ。


今朝からずっと慣れないことに頭を使っていたため、

ここで少しばかり休憩をさせてもらおう。


薄暗い館内と居心地の良いシートが火月を眠りへ誘おうとした次の瞬間、

「すみません、隣の席大丈夫ですか?」と何処か聞き覚えのある声が聞こえる。


「どうしてここに……?」


視線の先には、先ほど逃げ切ったと思っていた藤堂が満面の笑みを浮かべていた。

ちなみに、その右肩にはねぎしおが乗っている。


「ねぎしお、俺を売ったな?」


「何のことかさっぱりじゃな。

 というよりも、我を売ったのはお主の方が先じゃからな!」


藤堂が右手に持っているポップコーンをちらちらを見ながら

ねぎしおが返事をする。


『こいつ、簡単に買収されやがって……』


「まぁまぁ、いいじゃないですか。

 ここで言い争っても仕方ないですよ。

 それにあまり大きい声を出すとお二人に気づかれちゃいますよ?」


藤堂が水樹さんと要の座る座席を一瞥して呟く。


「既に事情は把握済みってことか……」


「詳しい部分まではわかりませんが、大体は」


面白いものを見つけたと言わんばかりにこちらをジッと見てくる彼女に対し、

「邪魔だけはするなよ」と釘を指しておく。


「もちろんですよ。でも、

 中道さんがこういうことに首を突っ込むような人だと思わなかったので意外です」


「まぁ、成り行きでな」


「成り行き……ですか。そういうことにしておいてあげます。

 それにしても、まさか式島君が水樹さんとデートするなんてびっくりですね」


「藤堂は、要と面識があるのか?」


「はい、何度かアタルデセルでお会いしたことがあります。

 元気で純粋な男の子ってかんじですよねー。

 でも、こんな面白……いや、大事なイベントがあるなら

 私に教えてくれも良かったじゃないですか」


「別に隠していたつもりはない。

 それに、以前女性について教えて欲しいとお願いしたことがあっただろう。

 でも藤堂が断ったんじゃないか」


「もしかして、うな重をご馳走になった時の話ですか」


「ああ。といっても、途中で帰っちゃったからな」


「ちょ、ちょっと待って下さい。

 あの時の話ってそういうことだったんですか?」


「どういう解釈をしているのかは知らないが、

 恋愛経験が豊富そうな藤堂に、要の恋愛相談をしようと思っただけのことだ。

 他意はない」


「なるほど……そういうことでしたか。

 今にして思えば中道さんらしくない発言だと思ってはいたのですが、

 色々と納得しました」


「?」


彼女が何を勘違いしていたのかは分からないが、

一人うんうんと頷いている姿を横目に、静かに目を閉じた火月だった。

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