第163話 三十六計逃げるに如かず

「よりによってあの女じゃったか」


ねぎしおも今の状況を理解したようで、落ち着きを取り戻していた。


要のデート相手が一般人なら良かったものの、

水樹さんとなると話が変わってくる。


彼女はねぎしおを認識できる側の人間なので、

要に近づこうものなら直ぐにバレてしまうはずだ。


よって、ねぎしおのサポート作戦は実行できなくなった。


それにしても、要の意中の相手が水樹さんだとは思わなかった。

正直、付け焼刃の恋愛知識でどうにかなる相手じゃないだろう。

例えるならゲームでいきなり高難易度のボスに挑むようなものだ。


誰に対しても人当たりが良く、

親身になって接してくれるその姿に恋心を抱く人は少なくないはずだ。


だが、彼女が時折見せる相手を見透かしたような言動に、

底の見えない沼のような恐怖を感じていたのもまた事実。


アタルデセルの店主としての一面、

そしてこの地域の修復者を取りまとめている蜃気楼の人間としての一面、

それ以外の彼女の情報は何も知らない火月にとって、

これはある意味絶好のチャンスではないだろうかと考える。


水樹さんがこのデートを通して、

どのような振る舞いをするのか……本性を出すのか、はたまた役に徹するのか、

今後彼女と接していく上で、何か有益な情報が得られれば儲けものだ。


要には申し訳ないが、このデート、存分に利用させてもらおう。


「予想外のデート相手だったが、このままプラン通りいこう。

 要ならきっと大丈夫だ」


「そうじゃな、あやつもやる時はやる男じゃ。

 確か最初は、映画館じゃったな」


二人で今後の行動方針を確認していると、

突如肩を叩かれたので後ろを振り向く。


そこには白いダウンコート着た私服姿の藤堂がジト目でこちらを睨んでいた。


髪型がいつものポニーテールではなかったので、

一瞬誰だかわからなかった。


「こんなところで何やってるんですか?」


「藤堂か、奇遇だな」


以前彼女を怒らせてしまってから、まともに口を聞いてもらえなかったので、

会社以外で話しかけられるとは思っていなかった。

だが、よりにもよって今はタイミングが悪すぎる。


「火月よ、誰と話をしておるんじゃ? 

 要たちが移動を始めたようじゃから我らも続くぞ」


火月の足元からねぎしおが顔を覗かせると、藤堂とねぎしおの視線が交錯する。


「あっ!」


「うぐっ……貴様は!」


ねぎしおが火月の後ろに隠れようとしたが、

直ぐに藤堂に捕まり腕のなかでモフられる。


「何でこの女がここにおるんじゃ! というか我の身体を気軽に触るでない!」


藤堂の腕の中で抗議の声を上げていたねぎしおだったが、

彼女にその声は届いていない。


「またこの子に会えるとは思っていなかったので、今日はラッキーです!」


「ああ……それは何よりだ」


適当に返事をしつつ、要たちが進み始めた方向を確認すると

もうかなり距離ができていることに気づく。


彼らの姿を見失うわけにはいかない。


彼女がねぎしおに夢中になっている今なら、何とか逃げられるはずだ。

気づかれないように少しずつ藤堂と距離をとる。

途中、ねぎしおがこちらの真意に気づいたようだった。


「火月よ、お主まさか……」


わなわなとくちばしを震わせながら訴えるような視線を送ってきたが、

気づかないふりをする。


これ以上こいつに騒がれると自分まで被害を受けることになる。

それだけは何としても避けたかった。


「この裏切り者ーーーーーっ!」


背中越しにねぎしおの叫ぶ声が聞こえた。

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