第152話 異性

「それで話って何ですか?」


平日のお昼時、会社近くの鰻屋うなぎや

ランチに誘われた藤堂がジト目で火月を見る。


「まぁ、あれだ……。せっかく料理もきたわけだし、冷めないうちに食べよう」


そう提案する火月は、いつもと少し違う雰囲気を漂わせていた。

まさか、中道 火月という人間からランチの誘いを受けると思っていなかった。


今のチームに配属されてから、

彼が誰かと一緒にお昼を食べている姿を見たことがなかったので、

藤堂自身、今のこの状況に違和感を感じていた。


「はぁ、わかりました」


頂きますと小さく呟くと、箸を手に取り二人でを食べ始める。

特に会話も無く、

向かい合わせで黙々と食事を始めて数分が経過したタイミングで思わず声を掛ける。


「あのー、非常に言いづらいんですが、今日の中道さん変じゃないですか?」


「そうか?

 上司と部下でランチをするのは何ら可笑しな話ではないはずだ

 (ネットにそう書いてあった)」


「中道さんっていつも自席でお握り食べてますよね?

 そんな人からいきなり奢りでランチのお誘いがあれば、

 何か裏があるんじゃないかって思っちゃいますよ。

 まして、うなぎですし……」


火月の箸が止まり、ジッとこちらを見る。


「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな。鋭い観察眼だ」


今の火月が普段と違うのは誰が見ても一目瞭然だろう……と思ったが、

黙っておくことにした。


箸を置き、姿勢を正した火月が話を続ける。


「藤堂の言う通り、実は聞きたいことがあってランチに誘った。

 俺一人で何とか出来れば良かったんだが、

 自分の力量不足でな。餅は餅屋に頼ろうと思ったわけだ」


「私に答えられるものならいいんですが……」


「そこは大丈夫だ。少なくとも俺より信用できるのは間違いない」


「わかりました」


お昼時の店内は多くの人で賑わっており、喧騒に包まれていた。

火月が水を一口飲んで、コップを机の上に置く。

いよいよ本題といった空気を肌で感じる。


「実は……女性について教えて欲しいんだ」


周りの喧騒が一瞬鳴り止んだかのような錯覚を抱く。

それは、目の前に座っている人間から発せられた言葉とは到底思えなかった。


「はい?」


自分の耳がおかしくなったのかと思い、もう一度聞き返す。


「藤堂が驚くのも無理はない。

 なんぜ俺は女性(と付き合った)経験が無いからな。

 藤堂ならその辺の経験が豊富そうだから、

 是非ご指導、ご鞭撻をお願いしたいと思ったんだ」


「えーっと、セクハラですか?」

完全に不審者を見るような目で火月を睨む。


「色々とネットで調べてはみたんだが、どうも情報の真偽が怪しくてな。

 動画でもそれ関係のものをあさってみたんだが、

 あまりしっくりこなかったんだ。

 結局、リアルな情報が一番良いと思って

 身近な異性の藤堂を選ばせてもらったというわけだ」


「動画まで見たんですね……

 というか、そういう報告はしなくてもいいかと」

少し耳が赤くなった藤堂がうつむきながら返事をする。


「もちろん、お礼は必ずする。

 今回のランチは手付金みだいなもんだと思ってくれていい。

 こういった場合の相場はよくわからないが、一万でどうだ?」


「金額を言われましても……」


「足りないなら三万までなら出せる。

 どうか俺に教えてくれ、頼む!」


しばらくの沈黙が続いたあと、藤堂がと震え始めたと思ったら

「私、そんな軽い女じゃないですから!」と言い残して店を出て行った。


あまりにも一瞬の出来事に呆気に取られる。


「イタリアンの方が良かったか……」と一人呟いた火月は、

再び目の前のうな重を食べ始めたのだった。

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