第150話 沽券

リビングに静寂が訪れて一分が経過したタイミングで、火月が口を開く。


「ちょっとよく聞こえなかったから、もう一度話してもらってもいいか?」

目の前で恥ずかしそうにしている二十歳の大学生に向かって目配せをした。


「自分、好きな人ができたかもしれないっす! 中道先輩!」


ああ……やっぱり聞き間違えじゃないようだ。


「つまり、要の相談事っていうのは―――」


「もちろん、恋愛相談っす!」


純真無垢な目でこちらを見てくる要の視線が凄く眩しかった。

よりにもよって恋愛相談をもちかけられるなんて誰が予想できただろうか。


自慢じゃないが誰かの恋愛事情にアドバイスができるほど

経験が豊富なわけではない。というより、皆無である。


今回の依頼に関しては力になれそうにないので、

早々に諦めてもらおうとした火月だったが、間髪入れずに要が話を続ける。


「バイト先の先輩なんっすけど、自分が入った時から凄く優しくしてくれて、

 いつの間にか目で追うようになってたんっすよね。

 まだこれが恋愛感情なのかわからないんすけど、

 相手の事をもっと知りたいって思うようになったんす!

 ちなみに初恋っす!」


「そうか……」


バイト先で恋愛感情が芽生えるのは何ら不思議な話ではない……はずだ。

確か要の地元は、超がつくほどの田舎と以前話を聞いたことがあった。


ゆえに大学生になって、

ようやく同年代の異性と接した可能性もゼロではないと考えると、

彼が恋愛感情というものを抱くのに、そう時間はかからないだろうなと推測される。


だが、よりにもよって相談相手が自分たちなのはどうなのだろうか。

もっと身近な人に相談すべき内容だろう。


「事情は分かった。

 だが要、それこそバイト先とか大学の友達に相談した方がいいんじゃないか?」


「それができたら一番良かったんっすけど

 自分、友達いないっすから……」


そう話す要は、

まるで大学デビューに失敗したと言わんばかりの空気を漂わせていた。


どう声をかけたものかと考えていると、

今まで黙りこくっていたねぎしおが口を開く。


「何をそんなに悩んでいるんじゃ? 

 ようするに要は、そのめすになりたいということなんじゃろう?」


「そうっすね。でも、どうやってアプローチをしたら良いかわからなくて」


「何じゃ、そんなことか。それなら我に任せておくがよい。

 何たって我は超エリートで高貴で博識な存在じゃからな!

 最新のとれんどふぁっしょんから人気のでーとすぽっとに至るまで

 全て把握済みじゃぞ。

 これも毎日テレビのバラエティー番組を見て勉強している努力の賜物って奴じゃ。

 的確なアドバイスをしてやろう」


リビングのテーブルに飛び乗ったねぎしおが、胸を張って自信満々に言い放つ。


「本当っすか! 流石師匠っす!」

不安そうな表情をしていた要が、ねぎしおに羨望の眼差しを向けていた。


「本当に大丈夫なのか?」

全てをねぎしおに任せるのは危険だと思った火月が口をはさむ。


「ふん、そもそもお主はどうなんじゃ?

 今まで一緒に暮らしてきたが、女っ気なんて微塵も感じないぞ。

 まぁ毎日辛気臭そうな顔をしてたら、当然の結果かもしれないがの」


「ぐっ……」


ねぎしおの指摘があまりにも的確で何も反論できなかった。


「要、まずはおすとして相手に意識させることが大切じゃぞ。

 雄に必要なのは見た目の派手さもそうじゃが、

 何よりその腕っぷしじゃ。

 食い物をたくさん取ってこれる奴が一番モテる。これはマジじゃ」


「なるほど、勉強になるっす!」

どこからともなく手帳を取り出した要がメモを取り始める。


「理想を言えば生肉が一番良いが、まぁ最初は小物からでも良いじゃろう。

 虫も食えなくはないからの」


「自分、虫取りなら得意っす! 地元でよく捕まえてたっすから!」


「良いぞ! これが出来る時点でお主はモテ要素をもっておる!

 自信を持つんじゃ!」


「おいおい、ちょっと待て。

 もしかしていきなり相手に虫をプレゼントする気じゃないだろうな?」


黙って話を聞いていようと思っていたが、

流石に雲行きが怪しくなってきたので、会話に割り込む。


「何か問題でもあるのか?

 まともに恋愛もできないチキン野郎はさっさと部屋に戻っておるがよい。

 いくら扉の情報屋として活動しているお主でも、

 今回のような特殊ケースには対応できんじゃろう」


完全に火月を馬鹿にした様子のねぎしおがこちらを見てプププと笑っていた。

チキンみたいなやつにチキン呼ばわれされたくないなと思ったが、

それ以上に情報屋の仕事を馬鹿にされたのが許せなかった。


「今はアドバイスができないだけで、情報が集まればきっと要の役に立つはずだ。

 お前の安い挑発に乗るのはしゃくだが、

 実界でもファーストペンギンの仕事ができるってことを証明してやるよ」

とねぎしおに言い返す。


「ほぅ。そこまで言うのならお主の実力を見せてもらおうではないか。

 とりあえず、一週間後にまたここで要の恋愛相談をするってことで良いな?

 その時にお主を成果を見せるがよい。

 要は、その雌とデートの約束を取り付けて来るんじゃぞ」


「了解っす!」


「ああ、それで問題ない」


今まさに、

ファーストペンギンの沽券こけんに関わる一大ミッションが幕を開けようとしていた。

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