第145話 輝く心

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「そうですか……。

 つまり、中道さんは主人が勤めていた会社の取引先の方ということですか?」


先ほど手渡した名刺を見ながら、女性が質問をしてくる。


「はい、と言ってもそんな堅苦しい関係ではなく、

 謂わば仕事仲間のようなものだと考えて頂いて大丈夫です」


最初こそ不審者を見るような視線を感じていたが、

名刺を渡して元田さんの名前を出したら、

ようやく警戒心を解いてくれたようだった。


公園で女の子を見つけた時にもしやと思っていたが、

やはりこの女性が元田さんの奥さんで間違いなさそうだ。


「ごめんなさい。あの人のことは何でも知っているつもりだったんですけど、

 お仕事関係の方については全然知らなくて……。

 きっと凄くお世話になっていたのでしょう。

 主人に代わって、お礼申し上げます」

彼女が深々と頭を下げる。


「いえ、むしろ逆なんです。

 私の方が元田さんにお世話になりっぱなしで。

 だから、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございません」


「お気になさらないで下さい。

 でも、何だか久々に主人のことについて話をした気がします。

 交通事故から今年でもう二年になりますから」


そう言って薄暗くなり始めた空を見上げる彼女は、何処か儚げに見えた。


どうやら、実界での元田さんはという認識らしい。

修復者の死は、実界に住む人にとっては都合のいいように解釈される。

何故か?と言われても理由はわからない。

ただ、ルールとしてそうなっているのだ。


きっと修復者になった時点で、

実界で暮らす人達とは一線を画す存在、認識になってしまうのだろう。

だから、突然いなくなったとしても誰がその存在を気にすることがあろうか。


「時間が経つのはあっという間ですね。

 そういえば、あの子は……」

砂場の方へ視線を移す。


「はい、うちの娘です。

 週末になると主人があの子を連れて、よくこの公園で遊んでくれていたんですよ」


「そうでしたか。実は私も一度だけ娘さんにお会いしたことがあるんです」


「それは知りませんでした。

 あの……もし良ければ、あの子と少しだけ話をしてもらえないでしょうか」


「私がですか?」


「はい」


多くは語らなかったが、彼女の目は真剣そのものだった。

どういう意図があっての提案なのか、皆目見当がつかなかったが、

もとより話しかけるつもりだったので二つ返事で引き受ける。


砂場まで歩いていくと足音に気づいたのか、

両手を砂まみれにした女の子がこちらを振り向く。


「パパ?」


「いや、パパじゃないよ。でもパパの友達みたいなものかな」


その場でしゃがみこんで女の子と目線を合わせる。

こちらの返答が期待したものではなかったのか、

「ふーん」と返事をしたと思ったら女の子が再び砂遊びを再開する。

まるでお前はもう用済みだと言われたような気がした。


会話が途切れるのはまずいと判断した火月は

「実はパパからプレゼントを預かってきているんだ」と伝えると、

女の子が目をキラキラさせてこちらを見上げる。


「えっ! パパからプレゼントがあるの?」


「あ、ああ」


まさかこんなに食いつきが良いとは思っていなかったので思わず面食らう。


「パパはずっとしゅっしょー?に行ってるから、

 なかなか会えないんだって。

 だから、プレゼントは嬉しい!」


なるほど、この子にはそういうことにしているのか。

母親の方を一瞥すると、申し訳なさそうな顔をしていた。

嘘をついているという意味では自分も同じなので、心がズキンと痛む。


「それじゃあ、手を出して」


「うん!」


満面の笑みで両手を差し出してきた女の子の手の中に、

先ほど河川敷で見つけた四葉のカタバミを置くと

「これ、四葉のクローバー?」と女の子が質問をしてきた。


元田さんが二年前に交通事故で亡くなっているということは、

当然二週間前にあったごみゼロに参加した事実も無かったことになる。


そこで火月と出会い、父親と話した内容を女の子が覚えているわけがない……。


だから、この子には元田さんが送った言葉をもう一度伝えなければならない。

そうしなければならないと思ったのだ。


「これはカタバミって植物なんだ」


「四葉のクローバーじゃなきゃ幸せになれないよ?」


「そうとも限らないよ。

 四葉のカタバミは四葉のクローバーよりも見つけるのが難しいんだ。

 だから、四葉のクローバー以上に幸せになれるかもしれない……

 いや、幸せになれるはずだよ」

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