第141話 別離

「元田さん……どうして……」


火月を庇うように、突如目の前に黒い人影が姿を現す。

それは、つい先ほどまで意識を失っていたはずの元田さんに他ならなかった。


本来であれば火月を貫く予定だった怪物の枝は、

元田さんの腹部を貫通し、火月の身体に到達する直前で止まっていた。

枝が刺さった場所から赤黒い血が服を染め上げていく。


「やぁ、火月君。ちょっと寝坊し過ぎちゃったみたいだ」


後ろを振り向いた元田さんは微笑を浮かべていたが、

口元から鮮血が流れ落ちていた。


元田さんが両手で得物を構え、腹部に突き刺さった枝を切り落とすと、

消えゆく怪物の節の部分を足場に、吐き出された種子まで一気に近づいた。


「おおおおおお!」


上段の構えから、種子を目掛けて勢いよく得物を振り下ろす。

ちょうど枝が伸びていた裂け目を捉えると、

そのまま地面に叩きつけるように切り裂いた。


――――――


――――――――――――


怪物の本体と種子の両方が完全に消失したのを確認した火月は、

重くなった足を引きずりながら元田さんの方へ近づく。


細い枯れ木に背をもたれ、座り込んでいる元田さんが顔を上げた。


「あの攻撃を防げれば一番良かったのかもしれないけど、

 実は僕もとっくに能力切れになっていてね。盾もこの有様さ」


木に立てかけてあった元田さんの得物は、持ち手の盾の部分が砕けていた。

火月を庇った時に防御の構えを取ったのだろうが、

能力切れの状態では強化された枝の攻撃を防ぎきれなかったということなんだろう。


「それでも何とか枝を切り落とせたのは、

 鍛冶場の馬鹿力ってやつなのかもしれないね」


小さく笑った元田さんは、直ぐにせき込んで口から血を吐いた。


「無理に喋らないで下さい。早く傷の手当を……」


火月の発言を元田さんが右手を挙げて制す。


「もうほとんど身体の感覚が無いんだ。

 傷も深いし、自分の身体の状態は自分が一番よく分かってる。

 それに今こうやって話が出来ているのも、

 時計の身体能力強化のおかげなんじゃないかな」


「それでも!」

応急処置をするために動こうとするが、

元田さんが火月の腕を掴んで、ゆっくりと首を横に振る。


『あぁ……。そういうことか……』


元田さんの目を見た火月は、彼が自分の死を受け入れたことを悟る。

それは怒りでも悲しみでもなく、

ただあるがまま、なすがままに身を任せるといった表情だった。


「不思議と身体の痛みは無いんだ。

 だから、少しだけ話に付き合ってくれるかい?」


「それは……もちろんです」


ありがとう、と呟いた元田さんが話を続ける。


「人生に悔いが無いと言えば噓になるけど、

 修復者になってこの仕事を続けていくうちに、

 何時かこういう日が来るんじゃないかって覚悟はしていたんだ。

 だから、今の状況も仕様がないことだと思ってる。

 あと火月君、君が実界に戻ったら今日の出来事は全部忘れて欲しい。

 以前水樹さんから修復者の死=存在の死って話は聞いていたから、

 修復者以外の人間には、きっと都合のいいように解釈されるはずだ。

 もちろん、僕の家族も含めてね。

 でも修復者同士は、その人の存在を忘れることはないみたいだからさ。

 もし君が今日の事を気にしてしまったら、申し訳ないなぁと思ってね」


「善処します……。

 でも、もっと自分に修復者としての力量があれば、

 こんなことにはならなかったはずです」


「火月君、結果として僕たちは扉を修復することができたじゃないか。

 それで十分だよ。君は君のやるべきことをやってくれた、

 それは紛れもない事実だ。だから、もっと自分に自信をもって良いんだ」


そう言い終えた元田さんは、何かを思い出したように口元に笑みを浮かべる。


「すまない。まだ知り合って間もないけど、

 やはり僕と君は似ている部分が多いなぁと思ってね。

 そういえば火月君、

 以前僕は君に修復者になった理由を聞いたことがあったのを覚えているかい?」


「はい、水樹さんのお店でお会いした時ですよね」


「うん。その時、火月君の明確な回答は無かったけど、もしかして、君は―――」


一瞬強い風が吹き、元田さんが何て言ったのか聞き取れなかったが、

火月の目をジッと見据える彼は、

まるで自分の心を見透かしているような気がした。


「肯定も否定もしなくていい。でも僕は君が修復者になった理由が、

 いや……目的がこれから変わってくれることを願ってるよ」


地面が揺れ始め、異界の崩壊が始まる。

元田さんの顔色は青白くなってきていた。


「もうあまり時間が残されていないようだね……。

 最後に心残りがあるとするなら、火月君に今回の依頼の報酬を払えないことかな」


「そんなことは気にしないで下さい」


「気にするさ。何たって僕の無茶な依頼を受けてくれたんだからね。

 君の能力を考慮するなら、依頼を断ることだってできたはずだ。

 だから、今回は本当にありがとう……」


元田さんがやっとの思いで右手を差し出してきたので、

同じように右手を伸ばして握手をする。


「……このお礼はいつか必ずさせてもらうよ。

 だから暫くの間、お別れだ……」


そう言い終わると同時に、元田さんの右手が力なく垂れ下がる。

その表情は何処か安らかに眠っているようにも見えた。


程なくして、彼の身体から白い光が漏れ出したと思ったら、

跡形も無くその姿を消した。


元田さんの得物が懐中時計に姿を戻し、地面に落ちる。

鉄紺色から灰色へ色を変えた懐中時計を拾い上げた火月は、

その右手を強く握りしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る