第142話 深更
時計の針は、もうすぐ深夜零時を回ろうとしていた。
そろそろ閉店の準備をしようとカウンター席から立ち上がった水樹は、
店の出入口のドアベルが静かに鳴ったことに気づく。
「すみません。ラストオーダーはもう終わってまして―――」
そう言いながら視線を向けると、扉の前に見覚えのある人物が立っていた。
「なんだ、中道君か~。
そういえば、今夜例の扉の修復に行ってきたんだよね。
こんなギリギリに来るってことは報酬目当てかな。
もしかして、今月結構ピンチなの?」
見知った相手だと分かった途端、
気が抜けた様子の水樹は火月達が修復したであろう扉の状況を確認するため、
カウンターに置いてある端末に移動する。
「とりあえず、適当な席に座って。飲み物くらい出すよ」
こちらの声が聞こえているのか分からなかったが、
小さく頷いた火月がカウンター席に歩いてくる。
「どうやら、ついさっき修復が完了したみたいだね。本当にお疲れ様。
正直、今回の件は私が中道君を元田さんに紹介した手前、
どうなるか不安だったんだけど、無事に修復が終わったみたいで良かったよー」
「ええ、修復自体は完了しました」
「そっかそっか。
それで元田さんの姿が見えないけど、
もしかして今日はもう帰っちゃったのかな?
だったら、報酬の件は私からメールで連絡しておくね」
「そのことなんですが、
今回の報酬は現金払いで元田さんの分も一緒に、
自分が預かってもいいでしょうか?」
「それは別に構わないけど、
中道君が報酬を預かることは元田さんも了承済みってことでいい?」
「いえ……許可は取っていないです」
「中道君、それはダメだよ!
いくら君が信用に値する人物だとしても、
お金に関する部分はしっかり決めておかないとトラブルの元になるからね。
もしかして、報酬を独り占めしようと思ったりしてないよね~」
ジト目で火月を睨む水樹だったが、今日は特に彼が疲弊しているように見えた。
「そんなつもりはなかったのですが。
どちらかというと今回の報酬は元田さんに全てお支払い頂きたい
と考えていたんです。でも、口座が残っているかどうかわからなかったので……」
そう言い終わると、火月が灰色の懐中時計を差し出してきた。
「中道君、これって……」
予想していなかったものが、突如目の前に現れたので思わず息を呑む。
「すみません、全て私の油断が招いた結果です。
自分に何ができるかわかりませんが、
少なくとも今回の報酬は元田さんのご家族に届くように手配して頂けますか?」
「君がそれを望むなら、もちろんそうさせてもらうけど……」
と時計を受け取った水樹が答える。
「ありがとうございます」
小さく会釈をした火月が、踵を返して出入口の扉へ向かう。
その足取りは何処か危な気だった。
「中道君! ここで少し休んでいった方がいいよ。それに話もしたいし」
「そうですね、でも今日はかなり疲れたので早く帰って寝ることにします。
それに、やらなきゃいけないこともありますので」
火月が扉を開けると、ドアベルが再び音を鳴らす。
「何があったのか私にはまだわからないけど、だけど、
どうか自分を責めないでね!
修復者たるもの、誰もが覚悟してこの仕事をしているんだから!」
水樹の言葉が届いたかどうか分からなかったが、
既に火月の姿は店の出入口から消えていた。
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