第138話 報徳

元田さんが怪物の枝を全て切り落とすと思っていた火月は、

最後の一本が彼に直撃する瞬間を目の当たりにした。


つい先ほど、二人で休憩しようと向かっていた巨木へ衝突する様を見た火月は、

直ぐに巨木へ向かって走り出す。


元田さんの能力なら今まで通り、難なく対処できる攻撃だと思っていたが、

最後の攻撃の時だけ彼の動きがまるで金縛りにあったかのように

止まっていた気がする。


もしかしたら、自分の知らないところで身体に何か異変があったのかもしれない。

そんなことを考えながら走っていると、

巨木の根元付近で倒れこんでいる元田さんを発見する。


「元田さん! 大丈夫ですか!」


急いで近づき、軽く肩を叩いてみるが全く反応が無い。

ただ、呼吸は正常に出来ているようなので、

心臓が止まっている心配はなさそうだ。


いくら元田さんの能力が防御力の向上だったとしても、

あのスピードで頭から衝突したら意識が飛ぶもの当然だ。


むしろ、生きているだけで十分な気もするが。


何にせよ、このままだと怪物の標的になるリスクが高い。

元田さんの腕を自分の肩に回し巨木の後ろ側へなんとか回り込んだ火月は、

彼を回復体位の姿勢にするために、腕と足の位置を移動させる。


正直、この対処が本当に正しいかどうか自信は無かったが、

何もしないよりはいいだろう。

少なくとも気道の確保はできているはずなので、窒息することはないはずだ。


あとは、自分がここから直ぐに離れる必要がある。


元田さんが怪物の枝をほとんど切り落としてくれたので、

枝の再生に時間がかかっているのだろうが、

おそらくもう時間は残っていないはずだ。


時計の能力を発動させた火月は、巨木の陰から勢いよく飛び出す。

花粉の影響がほとんどなくなったとはいえ、

能力を発動してようやく通常通りの動きができるようになった……

といったところか。


調子が戻るまではもう少し時間がかかるかもしれないが、

あの怪物とやり合うには十分だ。


前方には完全に枝を再生し終えた怪物が、ゆらゆらと揺れていた。


まさか、自分一人で傷有り紅二の怪物とやり合うとは思っていなかったが、

ここで逃げるわけにはいかない。

元田さんに何度も助けられた恩を忘れるほど、薄情な人間ではないつもりだ。


『刻石流水……か』


以前、似たような状況になった時にかなめがそんなことを言っていた気がする。


なるほど、確かに受けた恩を返さないというのは、

こんなにも気持ちが悪いものなんだなと実感した火月は、

その胸に熱い闘志を抱いたのだった。

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