第102話 無情

いくら姿が見えないとはいえ、

攻撃が当たれば手応えくらい感じるだろうと思っていた要は、

今の状況に困惑していた。


さっきまでねぎしおの指示通りに棍を振り回していた時と同じ感覚、

そう……つまり、手応えを全く感じないのである。


本当に攻撃が当たったのか、

自分では分からないので、次の指示を待つしかなかった。


「っ要! 今すぐ防御の体勢を取るんじゃ!」

肩に乗っていたねぎしおが大きな声を出して叫ぶ。


直ぐに対応しようと、振り切った棍を両手で顔の位置に持ち上げる……

と同時に正面に怪物が姿を現した。


やはり、ねぎしおの言う通り怪物もジャンプしていたらしい。

だったら、何故自分の攻撃が当たらなかったのか……答えは明白だった。


姿を消している状態は、ただ単に見えなくなっているわけではなく、

にあるということだ。


今にして思えば、怪物が攻撃する時は必ず姿を見せていた気がする。

あれは、透過状態だと怪物自身の攻撃が当たらないからだろう。


だとすれば、怪物は要の攻撃を避ける必要が無かったにも関わらず、

攻撃を避けるふりをしていたことになる。


それは正に今、要が大きな隙を見せてしまっているように、

相手を油断させ、

攻撃を仕掛けるベストタイミングを狙っての行動だったのかもしれない。


してやられたと思いつつ怪物を見上げると、

大きな右手が平手打ちをしようと迫っていることに気づいた。


「師匠! 今すぐ離れて下さい!」


要が言い終わると同時にねぎしおが肩から飛び降りる。

直後、怪物の手が要を叩き落した。


防御の体勢を取っているとはいえ、空中ではほとんど無防備の状態である。

床を削る勢いで吹き飛ばされた要は、数メートル移動した先でようやく停止した。



――――


――――――――――



一部始終を見ていた火月は、

一瞬の出来事の情報量が多すぎて、その場で身動きが取れずにいた。


ただ、地面に着地した怪物が要にとどめを刺すために、

次の攻撃を仕掛けようとしていることだけはわかった。


『くそっ! 早く助けにいかないと!』


自分の膝を殴り、ようやく足が動き出す。

同じタイミングで怪物の長い舌が、飛ばされた要を目掛けて勢いよく伸びていく。


後を追いかけるように全力で移動する火月だったが、

この距離だとどうやっても間に合いそうになかった。


『……俺は、?』


走りながら、ふとそんな考えが頭をよぎる。


視界がぼやけて、自分が何処に向かっているのかわからなくなる。

身体中から汗が吹き出し、心臓が激しく波打つ。

次第に呼吸するのも辛くなっていった。


どうやら、すっかり忘れていたようだ……

目の前に広がるのは、異界という無慈悲な現実だということを。

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