第103話 呼応する想い

勢いよく伸びた舌の攻撃は、

あと少しで要に届きそうな距離まで迫っていたにも関わらず、

ピタリとその動作を停止する。


まるで金縛りにあったかのように微動だにしない。


もしかしたら、ねぎしおが怪物の動きを止めているのかと思い、

横目で様子を確認するが、そんなことは無かった。


『何がどうなっている?』


予想していなかった出来事を前にして我に返った火月は、

移動しながら今の状況を分析する。


『怪物の攻撃を止めることができる人間は残っていない……

 ということは、怪物自身が攻撃を止めたのか?』


怪物がこのタイミングで慈悲を与えてくれるほど、

生易しい存在じゃないのは重々承知している。


理由は分からないが、この好機を逃すわけにはいかなかった。


要が飛ばされた場所へ到着した火月は、

仰向けになって倒れている要を助け起こす。


「大丈夫か?」


「お陰様で何とか……。起き上がる体力が回復していなかったので助かったっす」


あの至近距離で攻撃を受けても、まだ意識が残っていることに驚く。

いや……、並の修復者なら確実に気を失っていたはずだ。


身体の頑丈さが人並み以上なのは本当なのかもしれないが、

肉体的なものより精神的なものが、要を突き動かしている気がした。

彼の目に諦めの色は見えなかった。


「すまない。俺が怪物の能力を正確に見分けられていたら、

 こんなことにはならなかったはずだ」


「謝らないで下さい。それより、もう諦めちゃったんすか?」


「……」

自分の考えを見透かされ、思わず口ごもる。


「能力の制限時間も残り僅かだろう? 

 俺が囮になって時間を稼ぐ。

 だから、体力が回復次第、扉の出現した場所まで戻るんだ」


それが最善の策だった。

ここで二人ともやられるくらいなら、一人でも生き残って帰った方が断然良い。


「……それも正解かもしれないっすね。

 でも、俺は自分を助けてくれた人を見捨てて

 一人だけ逃げ帰るなんてできないっす。それなら、死んだ方がマシっす」


要の真っすぐな瞳が火月を捉える。


「それに諦めるのは早いっすよ。まだ能力の制限時間は残っているっすから」


『まだ時間は残っている……か』


火月にとっては、もう時間は残っていないの一択だったが、

要には別の選択肢が残っているようだ。


なるべく生き残ることを考え、基本的にリスクを回避して行動する火月に対し、

要はとにかく自分の考えに正直だった。


純粋、無垢。

良い意味で子供がそのまま大人になったような性格だなと思う。


人は年を取れば取るほど、他人を信じるのが難しくなっていくものだ。

まして、出会ったばかりの人間に対し、

全幅ぜんぷくの信頼を寄せるなんて土台無理な話だ。


しかし、それを出来てしまうのが式島 要という人間なのかもしれない。


心の奥底では、要を完全に信じ切れていない自分がいたの紛れもない事実だった。

表面上は信じるふりをしていたが、きっと要にはバレていただろう。


だが、それでも彼はまだ一緒に戦う意思を示してくれていた。

ならば、自分が取るべき行動は……。


「わかった。俺が必ず突破口を見つける。

 だから、それまでは体力回復に専念してくれ。

 要の力が必要になったら、その時は協力してもらえるか?」


「今更何言ってるんっすか。元よりそのつもりっす!」


何も気合だけでこのピンチを乗り越えようとは思っていない。

火月が要の近くにいる間も怪物は攻撃を仕掛けてこなかった。


『もしかして……』


今までと何が違うのか考えていた火月は、ある仮説に辿り着く。

確証は無かったが、試してみる価値はありそうだ。


最後まで足掻くことを決めた火月は、その瞳に静かな闘志を燃やしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る