第97話 役目

「要よ、大丈夫か?」

ねぎしおが心配そうに顔を覗き込む。


「師匠……お気遣いありがとうございます。ちょっと油断したっす」


壁に背を向ける形で座り込んでいる要が、ゆっくりと顔を上げる。

何とか笑顔を作ろうとしているようだったが、

身体の痛みがまだ残っているのだろう……少し辛そうな様子が窺えた。


「無理に動こうとするでない。怪物の攻撃を直に受けたんじゃから休んでおれ」


「面目ないっす。

 これでも師匠が叫んでくれたおかけで、何とか受け身は取れたんすよ。

 あと数分休めば、動けるようになると思うっす」


「時計の力によって、自然治癒力も向上しているわけじゃな」


要がこくりと頷く。


「それより、師匠がここにいるってことは、中道先輩は一人で怪物の相手を?」


「そうじゃな。だが、心配は無用じゃ。

 逃げることに関して言えば、あやつの右に出る者はいないじゃろう」


「逃げることっすか?」


部屋の中心で怪物と対峙している火月の姿を見据える。


怪物の長い舌が火月を仕留めようと何度も攻撃を仕掛けていたが、

その攻撃が火月に当たることはなかった。


まるで相手の攻撃が全て見えているかのような身のこなしは、

まさに回避のスペシャリストといったところか。


「あの様子なら、まず攻撃は当たらなそうっすね。

 自分が加勢するまでもなく片が付きそうで、安心したっす」


「それは、どうじゃろうな……」

ねぎしおが神妙な面持ちで呟く。


「確かに、火月の回避能力は高い。それは紛れもない事実じゃ。

 じゃが、それはお主の腕力が他の修復者よりも高いのと同じことじゃ。

 つまり、一点特化しているだけであって、

 怪物にとどめを刺せるほどの攻撃手段を持ち合わせているとは限らないのじゃ。

 結局、逃げているだけじゃ、何も変わらないじゃろう?」


「それは……そうっすね」


回避に専念していた火月が、今度は怪物に接近していく姿が見えた。

おそらく、攻めに転じたのだろう。


だが、獲物が怪物に突き刺さると思ったその瞬間、

怪物の姿が消失するのを目の当たりにした。


なるほど……自分が怪物の気配に気づけなかったのは、

あの能力が原因だったのかと理解する。


怪物が火月の背後に姿を現したと思ったら、

自分が受けたのものと同じ攻撃を繰り出す。


流石に不意打ちの攻撃を回避するのは難しいかと思った要だったが、

それを予見していたかのように火月が回避行動に移っていた。


「例え、中道先輩に怪物を仕留める攻撃手段が無かったとしても、

 その役割を他の誰かが代わりに担えばいいだけの話っすよね」


「ん? それはそうじゃな」


要がゆっくりと立ち上がると、

活を入れるかのように両掌で自分の頬を思いっきり叩いた。


「もう身体は大丈夫なのか?」

ねぎしおが要を見上げる。


「ええ、十分休ませてもらったので問題ないっす。

 それに、俺も自分のやるべきことをやらなきゃいけないっすから!」


そう言い終わるや否や右手に棍を握りしめた要は、

火月が戦っている場所へ走り出したのだった。

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