第90話 対極
――――
――――――――――
「中道先輩も修復者だったんすね」
トリモチの罠から脱した要が、驚いた様子で話しかけてくる。
「ええ、誤解が解けたようで何よりです」
ねぎしおから事の経緯の説明を受けた火月は頭の中を整理していた。
やはり、目の前にいる青年が喪失したと思われていた修復者で間違いないようだ。
しかも、偶然とはいえねぎしおが要を助けたらしい。
彼のねぎしおに対する態度を見る限り、全くの嘘でもないのだろう。
「中道先輩、自分はまだ修復者に成りたての人間なので、敬語は不要っす」
要が申し訳なさそうにこちらを見ていた。
正直、修復者に上下関係なんてものは無いし、
経験年数が長いから偉いという訳でもない。
少なくとも火月はそう考えていたので、彼の発言に少し驚いた。
また、先輩という呼び方自体遠慮したいところではあったが、
要の生真面目そうな性格を考慮すると説得できる気がしなかったため、
そのまま受け入れることにする。
「そうか…。それじゃあ、敬語は止めることにしよう」
「助かるっす!
本来なら自分が敬語を使うべきなんっすけど、なかなか話し方が直せなくて」
困ったように要が頭を掻く。
「気にしないでくれ。少なくとも俺は修復者に上も下も無いと思ってる。
だから、お互いにため口で話すくらいが丁度いいさ」
「そう言ってもらえると、気持ちが楽になるっす」
安堵した様子の要が返事をした。
「お主ら、二人で雑談するのも結構じゃが、
本来の目的を忘れているのでは無いか?」
足元で
どうやら、身体に付着していたトリモチの除去作業が終わったらしい。
「そうだな。今回の俺たちの仕事は喪失した修復者の懐中時計の回収だったが、
本人が生きているならこれ以上の成果は無いだろう。
早く戻って水樹さんに報告しよう」
来た道を戻ろうとした火月だったが、直ぐに呼び止められる。
「ちょっと待って欲しいっす!」
振り返ると、要の真っすぐな視線が火月を捉えていた。
「自分が修復に手間取ったせいで、
お二人のお手を煩わせてしまったことに関しては、謝っても謝り切れないっす。
本当に申し訳ない……。
ただ、自分はこの異界を修復するために、扉を
その目的が達成されていない以上、戻ることはできないっす」
「つまり、俺たちだけ先に帰れということか?」
要が黙って頷く。
「その心意気は立派なものだが、少し冷静になって考えて欲しい。
知っての通り、この異界には罠が多数仕掛けられている。
今回は運が良かったから生き残ることができたみたいだが、
次も上手くいくとは限らない。
ここは一度引いて、万全の状態で再度チャレンジした方がいいんじゃないか?」
「そうっすね、中道先輩の言うことも理解出来るっす。
でも、扉を放置していたら、
実界に被害が出る可能性も高まるんじゃないっすか?」
「それは……」
一瞬、北大路の件が頭を過る。
要が指摘することも事実なので、沈黙することしかできなかった。
「自分が修復者になったのは、この時計の力で多くの人を救えると思ったからっす。
今帰って、もし実界に被害が出たら絶対後悔する。
目の前にやるべきことがあるのに行動しないのは、自分の流儀に反するので」
要がそれだけは絶対に譲れないといった表情をしていた。
自分の身を
思わず
彼をそこまで突き動かす原動力は、一体どこからきているのだろうか。
顔も名前も知らない他人を救いたいと思う気持ち……
火月には理解できない考え方だった。
「要よ、やはりお主は面白い奴じゃのう」
ねぎしおがくくっと笑う。
「ならば、我も最後まで付き合ってやろう。
弟子の面倒を見るのも師匠の責務じゃからな」
「師匠……、ありがとうございます」
要が深々と頭を下げる。
「そうと決まれば即行動あるのみじゃ、先を急ぐぞ!」
ねぎしおが遺跡の奥へ続く道に向かって走り出すと、
その後ろを要が追いかけていった。
『懐中時計だけでなく、修復者と臨時収入まで
小さく溜息をついた火月は、今回の修復が無事に終わることを祈りつつ、
二人が向かった方向へ歩き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます