第87話 物差し

「あそこに、ドアの取っ手みたいのが見えるっす!」


要が指指す方向へ視線を向ける。


遠目からだと、ただの壁にしか見えなかったが、

近づいてみたら確かに取っ手のようなものがあった。


「思い込みというのは、どうも視野を狭くさせるものじゃな。

 最初の部屋で見た出口と同じ造りのものを無意識に探しておったわ」


「とりあえず、これで先に進めそうっすね」


要が取っ手を掴み、ドアを開けようとする……が、びくともしない。

押したり、引いたりしてもドアが動く気配は一向に無かった。


「どうしたもんっすかね…」


「うーむ、このドアを開けるための仕掛けが、

 まだこの部屋に残っているのかもしれぬな」


部屋を見渡しながら、ねぎしおが呟く。


ただ、これといってこの部屋に仕掛けがあるようには見えなかった。

他に取っ手があるような場所は見つからないし、

レバーのようなものがあるわけでもない。


「要よ、この部屋に怪物の気配は感じるか?」


ここが異界である以上、怪物の存在は無視できない。

例えば、特定の怪物を倒すことでドアが開く仕組みだって考えられる。


「そうっすね、少なくともこの部屋で怪物の気配は感じないっす。

 もちろん、師匠を除いての話にはなるっすけど」


「そうか、むむむ」


怪物の可能性も低いとなると、一体どうやってこのドアを開けたものか…

再び考えを巡らせるねぎしおだったが、要の声で我に返る。


「師匠! ドアが開いたっす!」


そこには、先ほどまで微動だにしなかったドアが、半分開いていた。


「何じゃと? どうやって開けたのじゃ?」

ねぎしおが驚いた様子で要を見上げる。


「師匠の言う通り、思い込みは視野を狭くする…このドア、スライド式っす!」


ガラガラとドアが横へ移動すると、目の前に通路のような空間が広がった。


「なるほどの。この異界、中々面白い構造をしておるようじゃな。

 自分の敵は自分かもわからぬ」


「師匠―、早く先に進もうっす!」


ドアを抜けた先の通路で、要がこちらを振り向いて呼びかけていた。


「落ち着きの無い奴じゃのう、直ぐに行くから少し待っているがよい」


短く返事をすると、ちょこちょこと走り出す。

そのまま、要がいる場所に到着するかと思いきや、

あと数歩のところで、足元から「カチッ」と音が聞こえた。


「もしや…」


嫌な予感がして、その場で静止する。


「師匠? どうしたんすか?」


不思議そうな顔をして、要がこちらへ歩いて来こようとしたその時、

二人を囲むように床のタイルに円形の紋章が浮かび上がる。


「今度は一体何が起きるんじゃ…」


もう、なるようにしからならないと思ったねぎしおは、

諦めたような表情で足元を見つめる。


激しい閃光が辺りを包み込み、要とねぎしおの姿が一瞬で消えた。

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