第86話 師弟

ねぎしおが嘴で網をつつき始めて十分が経過した頃だろうか。

「ベリッ」と網の破れるような音が聞こえたかと思ったら、

要を覆っていた網が一気に裂け始める。


身体が自由落下を始め、空中でくるりと一回転すると、

そのまま地面に着地した。


「この御恩は決して忘れないっす!」

要が頭を下げながら、感謝の言葉を述べる。


「これもお主の持ち物であろう、ほれ」

床に落ちている青竹色の懐中時計を嘴で咥えると、要の方へ差し出した。


「こんなところにあったんすね。何から何まで、感謝してもしきれないっす!」


「うむ。弱き者を助けることもまた、我の務めじゃからな」

ねぎしおが自慢げに胸を反らす。


「それで、今度は自分の方から質問してもいいっすか?」


「何でも聞くがよい、何たって我は超エリートで、高貴な存在じゃからな」



――――


――――――――――



「まさか、師匠も扉の修復をしているとは思わなかったっす!」

ねぎしおの話を聞いて、興奮した様子の要が声を上げる。


「師匠というのは、我の事か?」


「そうっす! 命の恩人で、かつ修復者としても先輩なので、

 師匠と呼ばせて欲しいっす」


「うむうむ! 悪い気はせぬ! 師匠と呼ぶことを特別に許可してやろう」


「嬉しいっす! ちなみに、さっきの言っていた下僕さんの話は本当なんっすか?」


「ん? そうじゃな。

 我は一人の下僕を連れて、この異界にやってきたんじゃが、

 途中ではぐれてしまっての。仕方ないから探してやってるのじゃ」


「ちゃんと下僕さんのことも考えてあげるなんて、流石師匠っす!」


要から尊敬の眼差しを向けられ、胸がいっぱいになる。


『何故じゃろう。悲しくないのに、目から涙が零れそうじゃ……』


今まで囮やら盾やら、酷い扱いを受けてきたねぎしおは、

ここにきて、ようやく自分の存在が正当に評価されたような気がしていた。


「それじゃあ、師匠が下僕さんと合流できるまで、

 自分にも協力させてほしいっす!」


「良いのか? 扉の修復はまだ終わっておらんのだろう?」


「そうっすね。でも、受けた恩を返すのが先っす。

 刻石流水、それがうちの家訓っすから」


「それなら、遠慮なく頼らせてもらうぞ!」


「任せて下さいっす!」

胸を叩き、要が力強く返事をする。


今ここに、怪物と修復者の師弟関係が生まれたのだった。

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