第85話 信用

そこには、両手を頭の後ろで組み、

小さな寝息を立てて眠り込んでいる青年がいた。


年齢は火月よりも若そうに見える。


見た目の特徴といえば、

おでこが見えるくらいの黒髪短髪で、ツンツンとした頭をしていた。

右の頬には三センチほどの傷跡が斜めに入っている。


「そこのお主! 生きているなら返事をするのじゃ!」


天井からぶら下がった網を前後に揺らしながら、近くで声をかけると

「ん? んんー!」

と寝起きの何とも言えない声を発しながら、青年がゆっくり目を開く。


うつろな目でねぎしおの姿を視界に捉えると、

両目を大きく開き、驚いた様子で話しかけてきた。


「もしかして、助けに来てくれたんっすか?」


「そんなわけなかろう。

 偶然お主を発見したから声をかけただけじゃ。

 それにしても、我を見ても驚かないんじゃな」


「そうっすね。

 怪物の気配を僅かに感じるっすけど、悪い人には見えないので。

 自分、これでも人を見る目には自信あるんっすよ」


白い歯を見せて、ニッと笑うその無邪気な表情に、こちらの緊張の糸もほぐれる。


「変わったヤツじゃのう。

 まぁ良い、実はお主に聞きたいことがあってな。

 その返答次第では助けてやらんことも無いぞ」


「それはありがたいっす! 何でも聞いて下さい」


何か期待するような、キラキラとした目でねぎしおを見てくる青年に、

少し調子が狂わされたが、気を取り直して話を続けることにした。


「う、うむ。それじゃあ、まずは自己紹介をしてもらおうかの」


「了解っす! 

 名前は式島しきしま かなめ

 歳は二十歳で職業は大学生。

 進学に伴って、田舎からこの辺に引っ越してきたっす。

 修復者になったのは、ほんの数ヶ月で、

 今回も一人で修復しに来たんすけど、

 途中道に迷って、ふらふらしていたら罠に引っ掛かった感じっすね。

 懐中時計があれば、自力で脱出できたかもしれないっすが、

 どうやら落としてしまったみたいで…。

 特にやることも無かったので、

 助けが来るものを待っていたら、いつの間にか眠っちゃいました!」


修復者かどうかの確認と、どうして罠に捕まっていたのか、

最終的には、この二点について情報が得られればと思っていたが、

まるでこちらの質問の意図を汲み取ったかのような回答だった。


話を聞く限り、嘘の空気は感じられない。


つまり、今回の扉に先に入った修復者というのは、

他でもない彼で間違いないようだ。


「なるほど、事情は理解した。

 それにしてもお主、素性も分からない我に、

 そこまで正直に話す必要は無かったのではないか?」


「そうっすね…。

 でも、初対面の相手だからこそ、嘘は付きたくなかったっす。

 修復者にとって、猜疑心さいぎしんを募らせるのは悪いことではないっす。

 むしろ、生き残る上では必要不可欠なことかもしれないっすね。

 ただ、そういう雰囲気ってどんなに取り繕っても

 相手に伝わっちゃうものなんっすよ。

 一度心を閉ざした相手に、もう一度心の扉を開いてもらうのは至難の業っす。

 だからこそ、嘘偽りない真実を伝えたっす。

 誰かに信用してもらうためには、

 まず自分が信用するところから始める必要があるっすから」


真っ直ぐにこちらを見るその表情は、何処か自信に満ち溢れていた。

きっと彼はその信念を持ち続けて今まで生きてきたのだろう。


「……うむ。その心意気、気に入った! 

 お主が我を信じるというのなら、我もお主を信じよう。

 そのまま少し待っているがよい。直ぐにそこから出してやるぞ」


何か策があるのか、意気揚々とした様子のねぎしおが、

キラリとその嘴を光らせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る