第79話 鳥居

「火月よ、ここで降りなくて良いのか?」


ねぎしおの声で目が覚める。


運転席の方へ視線を向け、デジタル行先表示器を確認する。

目的の停留所に到着していることに気づいた火月は、急いでバスを降りた。


軽快な音と共にドアが閉まると、そのまま先を走っていくバスを見送る。


周囲を見渡すと杉の木が道路沿いに植わっており、

木々の間から、先ほど電車の中で見た田園風景が眼下に広がっていた。


どうやらここは、

先ほど自分がいた駅前よりも標高が高い裏山のような場所らしい。


「町の中と比べたら、遥かに涼しくて心地が良い所じゃが、

 本当にこんな山の中に扉があるのか?」


「近くにあるのは間違いない。おそらく、あの石段を上った先にあるはずだ」


火月の視線の先には、百段以上はありそうな急勾配の石段が、

山を切り開くかのように真っ直ぐ伸びていた。


「今から、あれをのぼるのか?」


石段がある方を凝視した後に、怖気づいた様子のねぎしおがこちらを向く。


「ああ、そのためにここまで来たんだ」


「も、もちろん我も分かっておったぞ! 

 ただ、そのなんじゃ…、上り切る頃には足が棒になりそうじゃの…」


「元々、棒みたいな脚なんだから問題ない。さっさと行くぞ」


五十メートルほど歩いて石段の入り口に到着すると、そのまま石段を上り始める。


あまりの暑さに、途中で休憩を取ることも想定していたが、

杉の木の木陰と、身体を吹き抜けるひんやりとした風、

そしてヒグラシの鳴き声が体感温度を下げてくれていた。


おかげで一気に石段を上り切ることができ、何とも清々しい気持ちになった。

偶にはこうやって自然の中を歩くのも悪くないかもしれない。


上り切った先には、大人一人が入れるくらいの小さな石造りの鳥居があり、

その更に後ろには、年季の入った祠のようなものが見える。

地面には雑草が生い茂り、しばらく手入れがされていないようだった。


懐中時計のナビが終了し、今回の目的地がこの鳥居だと理解した火月は、

そのまま鳥居と時計に意識を集中させる。

程なくして、目の前にひびの入った石製の扉が姿を現す。

事前情報通り、傷有り紅二の扉だ。


「もうこんな所は二度と御免じゃ。異界に行く前に力尽きてしまうぞ」


後ろから、ぜぇぜぇと息を切らしながらねぎしおが上ってくる。


「今の内に少し休んでおけ。異界に入ったら、そうそう休憩なんてできないからな」


「うむ、そうさせてもらうぞ。

 ん? そういえば、もう扉が出ているようじゃが、

 今回は水晶玉が一つだけ蒼く光っておるんじゃな」


「ああ、既に他の修復者が扉に入っている場合は、

 人数に応じて水晶玉が蒼く光る仕組みなんだ。

 紅く点灯している水晶玉は残り一つだから、

 後一人しか扉の中に入れないってことになる」


「となると、水樹という女の言う通り、先に入った修復者がいるわけじゃな」


「そうだな。まぁ、喪失している可能性も十分高いが」


扉の前で五分ほど休憩していると、突然ねぎしおがピョンと飛び上がり、

「さっさと中に入るとするかの」と声をかけてきた。


「もう休憩は大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃ、早く遺品を回収してやらねばな」


いつものふざけた様子ではなく、真面目な口調で答えるねぎしおは、

何か思うところがあるような表情をしていた。


先ほどまで聞こえていたヒグラシの大合唱が一斉に鳴り止む。

まるで、火月達が扉に入るのをジッと見守っているかのような、そんな気がした。


石製の扉の中へねぎしおが消えていく。

その後に続いて、ゆっくりと歩みを進める火月だった。

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