第73話 観察眼

「それにしても、やっぱり似てるよなぁ」

自席で仕事をしていると、隣の北大路が一人呟く。


何となく気になったので、質問してみることにした。


「一体、誰と誰が似てるんですか?」


「あっ、今の聞こえてた?」


「はい、それなりの声量でしたから」


「仕事の邪魔をしてしまったら、申し訳ない。

 ただ、藤堂さんとうちの中道が似てるなぁと思ってね」


「中道さん…ですか?」


顔を思い出そうと記憶を辿ってみるが、やはり思い出せない。

何処かで会ったことがある人物だろうか。


「そうそう。俺と同期で、うちのチームで一緒に仕事してる人。

 ほら、あそこに座ってるのが中道だよ」


北大路が斜め左の方角を顎で指す。

その方角の先には、眼鏡をかけた冴えない表情をした男性が

パソコンに向かって仕事をしていた。


顔を見て、ようやく彼の存在を思い出す。

確か、チームに配属された時のメンバー紹介の際に、

挨拶をしていたような…気がする。


「私、これでも生物学上は女に分類されるんですけど…

 中道さんと何処がどう似てるんですか?」


あんなパッとしない人間と一緒にされるのは心外だった。

流石の藤堂も、北大路の発言を黙って見過ごすことはできなかったので、

抗議の意味も込めて質問をし返す。


「ごめんごめん! そういう意味で言ったつもりじゃないんだ。

 見た目じゃなくて中身の話だよ」


「中身…ですか?」


自分で言うのも変かもしれないが、対人関係には自信があった、

学生時代の部活にしろ、アルバイトにしろ、

誰かと一緒に何かを成し遂げるためには円滑なコミュニケーションが必要である。


藤堂の明るく活発な性格は、誰とでも直ぐに打ち解けることができ、

それは社会に出てからも大いに役立っていた。


対して、中道という人間が

誰かと積極的にコミュニケーションを取っているとは思えなかった。


偶に北大路が話しかけに行っているのは見たことがあるが、

それ以外は黙々と一人で仕事をしている印象だ。


表情もあまり変わらないので、

感情の起伏がほとんど無い人なんだろうと勝手に思っていた。


そんな人間と自分が似ているという北大路の発言は、

当然理解しかねるものだったのは言うまでもない。


「納得できない、といったような顔だね」

北大路が目を細めながら言う。


「いえ、そんなつもりはなかったんですけど」

本心が悟られないように、必死に取り繕う。


「藤堂さんは誰とでも直ぐに仲良くなれるタイプだと思うんだ。

 明るいし、何より話しかけやすい雰囲気があるよね。

 でも、中道は…誰かと仲良くなるのは時間がかかるタイプだろうな。

 それは付き合いの長い俺が一番よく知ってる。

 ここまでの情報だと二人は真逆のタイプと言って間違いないよ」


「私もそう思います」


「だけど、俺は二人に共通する部分があると思うんだ。

 藤堂さんって実は他人に興味ないでしょ?

 と言うよりも、自分にしか興味がないって言った方が正しいかな」


そのに、思わず息を呑む。


自分の仮面が誰かにバレるなんて予想していなかったので、

直ぐに返答することができなかった。


「おそらく中道も同じなんだ。

 あいつと雑談したり、一緒に食事に行くことは過去に何度もあったし、

 今じゃお互いに冗談を言えるほどの仲だ。

 だけど、あいつの目はいつも何処か違う方向を向いてる。

 ちゃんと目を見て話しているのにも関わらず、そう感じるんだ」


その真剣な口振りは、藤堂が知っている普段の北大路とは違う雰囲気を感じさせた。


「そんなことないですよ! 私も中道さんも他人に興味がなかったら、

 チームで仕事をするなんてできませんから」

努めて明るく振る舞う。


「……それもそうだね。

 ごめん! やっぱり、俺の勘違いだったのかもしれないから、

 今の話は忘れてもらえると助かる」

と目の前で北大路が両手を合わせて謝ってきた。


「わかりました! 今度はもっと笑える冗談をお願いしますね」


「任せてくれ。

 そういえば、来週藤堂さんの歓迎会があるから、

 その時に改めて中道を紹介するよ。

 ああ見えて結構面白い奴だからさ、きっと直ぐに仲良くなれるんじゃないかな」


「それは楽しみですね! 是非、お願いします」


先ほどの北大路の発言には驚かされたが、

どうやら話題を逸らすことに成功したらしい。


彼の観察眼には今後も気をつけなければと思うと同時に、

中道火月という人間に、少し興味が湧いた藤堂だった。

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