第61話 絶対絶命

「そうだな。俺は最後に確認しておきたいことがあるから、

 お前は先に帰っていいぞ」


「帰るならさっさと帰っておるわ。

 どうせ乗り掛かった船じゃ、最後まで付き合ってやろう。

 何たって我は優しいからな」

ねぎしおが火月の左肩に飛び乗る。


少し前までは身体を震わせていたのに、調子のいい奴だなと思ったが、

この切り替えの早さは素直に見習うべき部分かもしれない。


回避を最優先とした行動から一変し、

今度は攻撃をかわしながら、怪物との距離を詰める。

足元を目掛けてスピードを上げると、左足の内側部分に短剣を切りつけた。


「ガキン」と鈍い音が響く。

まるで石に向かって刃を振っているような感覚だ。


予想はしていたが、やはり怪物の防御力は相当なものだろう。

実際、火月の攻撃では傷一つ付けることができなかった。


ただ、今の結果も貴重な情報であるのは間違いない。

これ以上、こいつとやり合う必要はないと判断した火月は、

入ってきた扉へ戻るために移動を始める。


すると怪物が、右腕の大砲をこちらに向けてきた。

さっきよりも距離が近いが、今までの攻撃パターンなら十分避けられるはずだ…

そう思っていると、怪物が結晶を発射してこないことに気づく。


『攻撃するまで、こんなに時間がかかっていただろうか…』


大砲のような右腕を注視すると、

何やら筒の中で、白い光がぐるぐると渦を巻いているのが見えた。


まるで力を溜め込んでいるかのようなその動きに、ねぎしおも気づいたのか

「次の攻撃は、今までのパターンとは違いそうじゃ。油断せぬようにな」

と緊張した面持ちで言ってきた。


小さく頷くと同時に、

怪物の右腕から白いレーザーが勢いよく照射される。


『…っ! 今までの攻撃の中で一番速い』


レーザーが火月たちを直撃するかと思ったが、ギリギリのところで回避する。

時計の力を発動していなかったら、間違いなく避けられなかっただろう。

レーザーが当たった地面は一瞬で氷漬けの状態になっていた。


「まだ攻撃は終わっておらぬ! 移動し続けるのじゃ!」


怪物のレーザーは出力を維持しており、火月の方を目掛けて照準を合わせてくる。


単調な動きにならないよう、ジグザクに回避行動を取る火月だったが、

その直ぐ後ろをレーザーが走り抜け、一瞬で氷の道ができる。


『この攻撃、何時になったら終わるんだ?』


一向に威力が衰えないので、焦りを感じ始めた次の瞬間、体勢が大きく崩れる。

地面を凝視すると、薄い氷の膜が張っており、自分が足を滑らせたのだと悟る。


『何でこんなところに、氷の膜が?』


予想していなかった事態に思考が停止する。



……


いや、何か見落としている気がする。

思い込みを無くせ、あるがままを受け入れろ。


もしかしたら、

さっきまで怪物が発射していた結晶が、

地面に薄い氷の膜を作り出していたのかもしれない。


元々火月たちを狙った攻撃ではなく、

この地形を形成するための布石だったとしたら……。


待った無しで、後ろからレーザーが迫りくる。


絶体絶命の状態に、なりふり構っていられなくなった火月は

最後の手段に出ることにした。


「ねぎしお、お前のことは忘れない」


「どういう意味じゃ?」


肩に乗っているねぎしおを左手で掴むと、そのまま後方へ投げ飛ばした。


「き、貴様! 何のつもりじゃ! 我を…」


レーザーに直撃したねぎしおが凍り付き、丸い氷の塊となって地面に転がる。


ねぎしおを盾にする形で、レーザーの軌道を少しだけずらすことに成功した火月は、

体勢を整え、すぐに回避行動に移ろうとした……が、

その場から身動きが取れないことに気づく。


自分の右足付近が凍り付いており、地面に固定されているのだ。


やはり、レーザーの攻撃は完全に防ぎきれなかったらしい。

いくら自分の回避能力が向上しているとはいえ、

今の状況では何の役にも立たない。


ようやくレーザーが収まり、

ねぎしおのように全身氷漬けにされる心配は無くなったが、

もう、打つ手がない。


油断したつもりは無かった。


相手の方が一枚上手だった、それだけの話だ…。


怪物の巨大なハンマーが、動けなくなった火月を目掛けて、

勢いよく振り下ろされた。

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