第49話 慮外

縦に大きな傷が入った透明なガラス製の扉が姿を現す。

四隅の水晶玉は上二つが紅色に点灯していた。


「傷有りの難易度二か…」


一人呟いた火月は目の前の扉を凝視する。

先日、難易度一の扉に入った時の記憶が頭を過った。


扉に絶対は無い…。


今回も難易度二と見せかけた難易度三に近い扉の可能性だって十分あり得る。

自分の能力に自信がないわけじゃないが、少し臆病になっているようだ。

それほどまでに、

今回の事故が火月に与えた影響は大きいものだったのかもしれない。


扉に入って異界の情報を集めたいところではあったが、

まだ身体が本調子ではないので、あくまでも今日は下見だ。


中途半端な状態で入れるほど、異界は甘くない。

それは、既に他の修復者が証明してくれている。


次に火月が来る時までに、誰かが修復してくれることを祈りつつ、

来た道を戻り始めようとすると、後ろに一人の女性が立っていることに気づいた。


「中道さん…ですよね?」


周囲が暗いこともあり、一瞬誰か分からなかったが、

それは紛れもない今日の歓迎会の主役、藤堂其の人だった。


「こんなところで何をしているんですか? 

 ジッと建設現場の扉の前で佇んでいたので、不審者かと思いましたよ」

怪訝な顔をして藤堂が覗き込んでくる。


「仕事が片付いたので、歓迎会に間に合うかと思いまして…。

 お店の場所を探してたんですけど迷ってしまいました」

不審に思われないように、納得してもらえそうな理由を口にする。


まさか、彼女の歓迎会がこの辺のお店でやっているとは思わなかった。

事前に会場の場所だけでも確認するべきだったと後悔する。


「そうだったんですね。

 非常に言いにくいんですが…、歓迎会はついさっき終わったところなんです。

 皆さんは二次会をやるつもりみたいだったので、

 この先の道をまっすぐ行って、最初の信号を左に曲がった通りのお店の前に、

 まだいらっしゃると思いますよ」


「…なるほど。歓迎会に参加できなくて、申し訳ない。

 藤堂さんは二次会には参加しないんですか?」


「いえいえ!

 こちらこそ、お忙しいところわざわざ来て頂いてありがとうございます。

 私はちょっと疲れてしまったので、二次会は遠慮させてもらいました」


微笑して応える彼女の表情は、何処かぎこちない印象を受けた。


二次会にも進んで参加するようなタイプに見えたので意外だったが、

いつも笑顔でいる彼女にも落ち着きたい時があるのだろう。


「それなら、私も帰ろうと思います。

 藤堂さんがいない二次会に参加しても、意味がないですから」


主役が不在なら、二次会に参加する必要は無いので、むしろ有難かった。


それにしても、まさか藤堂と扉の前で会うとは予想していなかった。

声を掛けられた時は驚いたが、

一般人である彼女は時計の力で出した扉を認識できないので、

火月がボーっと突っ立っているように映ったのだろう。


確かに、夜遅くに建設現場の前で一人佇むサラリーマンは、

不審者と思われても仕方がないなと思った。


「中道さんって電車通勤ですよね? 良かったら駅までご一緒してもいいですか?」


突然の提案だったが、

歓迎会で何時間も話をするよりも遥かにマシだったので、二つ返事で承諾する。


教育係として、後輩と円滑な人間関係を築くため、

どんな話題を提供すべきか前もって北大路に聞いておけばよかったなと思いつつ、

何とか場を凌ごうと頭をフル回転し始めた火月だった。

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