第50話 兆し

小粋なトークでも披露できれば良かったのかもしれないが、

日頃からできてないことが突然できるようになる訳もなく、

二人で黙々と歩き続けて五分が経とうとしていた。


一緒に帰っているという意味では目的を達成していることに変わりはないが、

果たしてこれで本当に合っているのだろうか…とふつふつと疑問が湧いてくる。


夜道を女性一人で歩くのは危ないので、ボディーガード的な…

そう、いざという時の盾として自分を誘ったのかもしれないな

と思い始めた火月だったが、先に沈黙を破ったのは藤堂だった。


「中道さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」


「はい…。何でしょうか?」


「もし、自分の未来が分かる本があったら、

 中道さんはその本を読みたいと思いますか?」


こちらを見上げている藤堂と目が合う。

それは、面白いジョークを言うようなトーンではなく、

いたって真面目な雰囲気を漂わせていた。


「そうですね…。その本を読んだ上で未来を変えられるなら、

 読みたいと思いますし、未来を変えられないなら、読みたいとは思わないですね」


藪から棒に、そんな突拍子もない質問をされるとは思わなかった。

質問の意図は分からないが、からかっているようには感じなかったので、

こちらも真剣に応える。


変えられない未来のネタバレなんて、

残りの人生がただの消化試合になりそうな気がした。


「藤堂さんは読みたいんですか? もし、そんな本があったら」


「どうでしょう…。正直、わからないです。

 人に質問しておいて、そんな回答かよと失望させてしまったら、すみません」


「いえ、それもまた一つの回答だと思いますよ」


「ちなみに、以前同じ質問を北大路さんにもしたことがあったんです」


「そうですか…。参考までに、何て応えたのか聞いても?」


藤堂がこくりと頷き、話を続ける。


「面白そうだから迷わず読むと言っていました。

 その本を読んだとしても、どう受け取るかは自分次第…と。

 先のことを案ずるよりも、今をただ一生懸命生きるらしいです」


如何にも北大路が言いそうな台詞だなと思った。


「私には思いもつかなかった考え方です。

 教えて頂き、ありがとうございます」

軽く会釈をしてお礼を言う。


「いきなり訳のわからない話をし始めた女かと思われたかもしれませんが、

 なんとなく、この話を中道さんには伝えるべきなんじゃないかって思ったんです」


早口になって喋る彼女を見て、自分がずっと気を遣われていたことに気づく。

教育係として面倒を見てもらっていたのは、自分の方だったのかもしれない。


不在の同期と新しく入った後輩にここまで手助けしてもらったら、

これから自分が取るべき行動はもう決まっていた。


数日間、胸の中で燻っていた何とも言えない感情が

スーッと薄れていくのを感じた。



……


いつの間にか駅の近くまで来ていたので、そのまま中に入り改札を抜ける。

藤堂とは乗る電車のホームが違ったので、ここで別れの挨拶をすることにした。


「今日は藤堂さんと話が出来て良かったです。

 色々と自分を見つめ直すことができました」


「こちらこそ、貴重なお話が聞けて嬉しかったです。

  引き続き、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げ、エスカレーターへ向かっていく藤堂を見送ると、

そのまま反対方向のエスカレーターへ歩き始める。


途中、駅構内の電光掲示板に表示されている天気予報が目に入る。

どうやら、明日の天気は一日を通して晴れになるようだ。

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