第45話 調査

「要するに、怪物が扉から出てきて実界こっちにやってきた…ということか?」


扉や異界、怪物に関する情報はねぎしおと共有する取り決めになっていたので、

病院に行って気づいたことを伝えると、

自宅のソファーで横になり、

おつまみ用の燻製チーズを食べながらねぎしおが聞いてくる。


「ああ…。昨日俺たちが情報を持ち帰った扉は

 既に他の修復者によって修復済だったから、

 まだ修復されていない方の扉から…だろうな」


鉄の扉から戻ってきた時に、別の扉が開いたのは気づいていたが、

その扉が今回の北大路の事故と関係している可能性は高いだろう。


扉が出た場所と時間が全てを物語っているような気がした。


病室の扉の床に怪物の気配と痕跡を見つけた火月は、

その後、他に何か手掛かりが無いか病院の中をくまなく歩き回ったが、

これといった成果は得られなかった。


病室の扉自体は異界に繋がっているものではなかったので、

おそらく、北大路が事故に遭った時に直接的ないし間接的に

怪物の痕跡が付いたものと予想される。


「そういえば、修復者の能力は実界でも使えるものなんじゃな。

 てっきり異界限定のものかと思っておったぞ」

ねぎしおが今思いついたような顔をして質問する。


「他の修復者も同じかはわからないが、少なくとも俺の固有能力は異界限定だ。

 ただ、実界で使える能力もあるぞ。

 例えば、異界への扉を開いたり、怪物の気配や痕跡を見つけたりとか」


「思いの外地味じゃな…」


「あとは、ほとんど使うことは無いんだが、時計を武器に変えることもできる」


「おお! それなら、いざという時に役に立ちそうじゃの」


目の前で火月が紅葉色の懐中時計を手に持つと、

足元に時計の文字盤が浮かび上がる。

白い煙と共に時計が見えなくなったと思ったら、手の中に短剣が姿を現した。


「まぁ、十秒っていう時間制限付きだけどな…」


火月が言い終わると同時に、再び白い煙が湧いてきたと思ったら、

短剣は懐中時計に姿を戻していた。


「十秒……。ほとんど手品みたいなもんじゃな」

実界では武器としての役割を期待できそうにないなと思うねぎしおだった。


「それにしても、怪物は直ぐに実界に来ることは無いと言っておったのは、

 何処のどいつじゃっただろうか」

相変わらず嫌味成分をたっぷりと練りこんで、ねぎしおが言う。


昨日、怪物に襲われたことを相当根に持っているらしい。

燻製チーズで機嫌が直るかと思っていたが、見通しが甘かったようだ。


「…いずれにせよ、明日仕事終わりに事故があった場所へ行ってみるつもりだ。

 近くに扉もあるだろうから、ついでに探しておこうと思う。

 お前はどうする?」


異界に関することだと思ったので、念のため確認する。


「怪物の痕跡探し、なんて地味な作業は我には似合わぬ。

 今回は実界で起きた出来事じゃし、

 我にとって有益な情報が得られるとは思えぬから、お主だけで行ってくるがよい」


こんなジメジメした暑さの中、外に出るなんて考えられぬ…

とねぎしおの本音が聞こえたような気がした。


あの時、もし自分が扉の中に入っていれば、

今回の事故は起きなかったかもしれないが、そんなのは今更の話だ。


覆水盆に返らず。


たらればの後悔をする暇があるなら、

これからどうすべきかを考えた方が何倍も有意義だ。


今日は動き回って疲れたので、明日に備えて早めに寝ることに決めた火月は、

キッチンに移動し冷蔵庫から麦茶ポットを取り出す。


コップ一杯に注ぎ込むと、口の渇きを癒すため、ゴクゴクと一気に飲み干した。


時計の針は二十四時を回ろうとしていた。

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