第3章 狂花

第41話 毋望

いつも同じ時間に起きて、いつも同じ食事をとり、いつも同じ時間の電車に乗る。


そんな生活リズムが数年も続けば、

一日一週間があっと言う間に過ぎていくのは当たり前の話で、

気づけば社会人として四年目を迎えていた。


新入社員の頃はとにかく毎日が新しいことばかりで、

大人になって働くことが凄いこと…とでも言えばいいのだろうか、

何か高尚な行為に見えていたのかもしれない。


だが、その幻想は直ぐに打ち砕かれる。


火月が社会人になってまず最初に感じたギャップは

『自分が想像していたよりも、適当でいい加減な大人が多い』

ということだった。


よく大人と子供の違いについて議論されることがあるが、

強いて言うなら「経験と知識量の差」だと火月は考える。


もちろん、肉体的な部分を含め色々な観点から見れば

大人と子供の違いについてなんて、いくらでも答えがあるのだろうが、

少なくとも頭の中に関して言えば、極論大した違いは無いのではないか…

とさえ思う。


大人っぽい子供、子供っぽい大人、誰しも一度は見たことがあるはずだ。


何故自分が無条件に、大人=凄いというイメージをもっていたのかは分からないが、

おそらく義務教育の賜物だろう。

ちなみに、大人は隠し事が大好きという点も忘れてはならない。


自分自身が結果的に「適当でいい加減な大人」になってしまったのは、

言うまでもない。


真面目が美徳とされるのは学生の間だけだ。


そんなことをボーっと考えている内に、電車が会社の最寄り駅のホームに到着する。


人の波をかき分けてやっとの思いで下車すると、

外の新鮮な空気を一気に吸い込んだ。


朝の通勤ラッシュも辛いのは最初だけだと思っていた時期が火月にもあった…が、

現在進行形で何年経っても慣れるものでは無いと断言できる。


改札を出て、十分ほど歩くとオフィスのビルが視界に入ってくる。


エントランスホールを抜けると、

ちょうど一階で待機していたエレベーターがあったので、七階のボタンを押した。


オフィスのフロアの中を移動して自席に着くと、

肩にかけていた鞄を下ろして、ポケットから懐中時計を取り出す。

時刻は八時四十分を指していた。


パソコンの電源を入れ、

十五分でメールの確認と今日のスケジュールについてざっと目を通す。


九時五分前になったら会議室へ向かう。

毎朝九時にチーム内でミーティングがあるからだ。


いつもと同じ席で待機していると、いつもと同じ決まり文句で会議が始まる…

と思っていたが、今日は違った。


開口一番に上司の口から放たれた言葉が理解できず、一瞬思考が停止する。



……



それは、会社の同期である北大路が、交通事故に巻き込まれたとの伝達だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る