第40話 積乱雲

薄暗いエレベーターホールには、相変わらず人の気配が無かった。


鉄の扉は、開け放たれた状態のまま異様な存在感を放っており、

自分たちが実界に戻ってきたことを察する。


「その扉は閉めなくても大丈夫なのか?さっきの怪物がやって来るかもしれんぞ」

肩で息をしながらねぎしおが言う。


「修復をしない限り、扉を閉めること消すことはできない。

 ただ、怪物は扉の存在を認知することができないから

 直ぐに実界こっちに来ることは無いだろう」


「あやつらには扉が見えておらんのか?」


「ああ…。怪物からしたら

 俺たちがいきなり視界から消えたように見えたはずだ。

 でも、あの異界と実界を繋ぐ扉は残ったままだから、

 あいつが暴れまわって扉の傷が大きくならないことを祈るばかりだな」


鉄の扉の方を振り返り、火月が話を続ける。


「傷が大きくなれば、異界側でも大きな穴みたいなもんができる」


「その穴に怪物が入ったらどうなるのじゃ…」ねぎしおが息を呑む。


「実界へようこそってことだ」


重い身体を引きずりながら、

近くにあったベンチに辿り着くと崩れるように座り込んだ。



……


それにしても、今回の扉の難易度は一番低いものとは思えなかった。

どちらかと言えば、ほぼ難易度二といっても過言ではない。


怪物との相性ってのはもちろんあるが、

それでも結構危ない場面が多かった気がする。


扉に絶対は無い…。

だからこそ、難易度一でも慎重になる必要があると再認識させられた火月だった。


二十分ほど休息して、ようやく体力が回復してくる。

右腕の痛みもほとんど無くなってきていた。


同じように隣で休んでいたねぎしおを見ると、

なんだかそわそわして落ち着きがない様子であることに気づく。


「火月よ、そろそろここから移動せぬか?

 こんな扉が目の前にあっては気が休まらぬ」


どうやら、さっきの怪物との戦闘が未だに尾を引いているらしい。


水樹への報告もさっさと済ませておきたいので、

ベンチから立ち上がろうとすると、頭に稲妻が走ったような感覚を覚える。


新たな扉の出現…。

方角的には火月が勤務する会社の辺りだと予想される。


「いきなり動きが止まったと思ったら、神妙な顔つきになりおって…

 一体どうしたのじゃ?」


「…いや、なんでもない。ちょっと眩暈がしただけだ」


連続で扉に入れるほどの気力は残っていなかったので、

新たに出現した扉は他の修復者に任せることにした火月は、

駅に向かって歩き始める。


駐車場を抜けると、ジメッとした風が身体を抜けていく。

空には大きな積乱雲がもくもくと沸き立っていて、

今にも降り出しそうだった。

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