第39話 雨

いくら身体能力が強化されているとはいえども、

怪物の攻撃を完全に受けきれるわけもなく、

二十メートルほど後方に吹き飛ばされる。


空中で身体を捩じり、

やっとの思いで体勢を整えるとスライディングするように地面に着地した。


その凄まじい腕力で身体を切り裂かれなかったのは不幸中の幸いだったが、

右腕はズキズキと激しい痛みが続いており、

短剣を握っている感覚がほとんど残っていなかった。


「意外に早く追いついたようじゃな、早く扉へ急ぐぞ」

怪物に吹き飛ばされた結果、先を進んでいたねぎしおの近くまでショートカットすることができたのは僥倖だった。


「怪物がこっちに向かって来てる…。

 まだ距離はあるが、追いつかれるのは時間の問題だろうな」


「お主があやつの相手をすればよかろう。

 我を生かすための囮になれるなんて名誉なことじゃぞ」


「生憎、怪物に捧げる命は持ち合わせていないんでね。他をあたってくれ」


一人と一羽が言い合いながら林の中を走り抜けていく。


ふと額に冷たいものを感じたので頭上を見上げると、

先ほどまで明るかった空は一面が雲で覆われていて、

ポツポツと雨が降り始めた様子だった。


このまま本降りになったら視界まで悪くなる…。


最悪のコンディションだけは絶対に避けたいと考えていると、

約五十メートル前方に扉が姿を現した。


「火月よ、扉があったぞ! あと少しじゃ!」

ねぎしおが興奮した様子で言う。


ゴールが見えたことで安心する火月だったが、

すぐに背中から怪物の気配を感じる。


瞬時に左手の方向へ大きくジャンプすると、

先ほどまで火月たちがいた場所に

後方から怪物が飛び掛かるような形で攻撃を仕掛けてきた。


ねぎしおも危険を察知したのか、

火月とは反対の方向に大きくジャンプし攻撃を避けているようだった。


「そのまま扉へ向かえ!

 こいつの相手をまともにしてたら、命がいくつあっても足りないからな」

ねぎしおに聞こえるように声を張り上げる。


「言われなくても、もう向かっておるわ!」

扉を目指し、スピードを上げるねぎしおだったが、

その後ろを怪物が勢いよく追いかけていく。


次のターゲットはどうやらアイツらしい…。


「ひっ! 何で我を追いかけてくるのじゃ。

 我を食べても食中毒になるだけじゃぞ!」


怪物相手にねぎしおの声が届くはずもなく、右前脚の爪が振り下ろされる。


避けきれないと思っていたが、想像以上にねぎしおの回避能力は優秀で、

背中に目がついているんじゃないかと思うほどだった。


怪物の注意がねぎしおに向いているこの絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。

小雨が降る中、一直線に扉へ向かう。


怪物の連続攻撃を搔い潜り、ジリジリと扉との距離を縮めるねぎしおだったが、

次第に動きにキレが無くなってくる。


『どうして我がこんな目に…。

そもそも火月がもっとマシな能力であれば、こんなことにはならなかったはずじゃ』ふつふつと怒りが込み上げてくる。


今日の夕飯は絶対に豪華なものを所望してやると決めたねぎしおは

次の攻撃に備えて素早く移動しようとする…が、

雑草の伸びきった蔓が足に引っ掛かり、その場で転倒した。


迫りくる大きな牙…。


もう避けきれないと悟った瞬間、

何者かが怪物の後ろ脚の間から身体を滑らせ、ねぎしおの身体を掴んだ。


「ギリギリ間に合ったか…。お前、俺より避けるの上手いかもな」

火月が素直な感想を口にすると、

「我がお主より優秀なのは、周知の事実じゃ」

とねぎしおがぶっきらぼうに応えた。


地面が濡れていたおかげで、

そのスピードを落とすことなく怪物の身体の下を抜けていった火月は、

ねぎしおを片腕で抱えたまま扉の中へ消えていった。

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