第36話 一触即発

「ジャキン」と怪物の牙と牙がぶつかり合う音が聞こえる。


間一髪のところでねぎしおを捕まえ、相手の攻撃を回避した火月は

直ぐに木の枝の上に飛び移る。


地上から十メートル以上の高さまで登ったところで下にいる怪物を見下ろした。

ここまで来れば少しは時間が稼げるだろう…。


「お前…ただでさえ見た目がヤバそうな怪物なのに、

 いきなり喧嘩売ってどうすんだ。相手の能力もわかってないんだぞ」


「け、喧嘩など売ったつもりは無い! 我は平和的に交渉を持ち掛けただけじゃ!

 そしたら、あやつがいきなり襲ってきたんじゃから、

 まったく知性の欠片も感じぬ…」

と意識を取り戻したねぎしおが弁解した。


「いいか、怪物に会話は通用しない。

 俺たちを見つけたら問答無用で襲ってくるもんだと思え」


「野生の動物だってもう少し警戒するだろうに…

 まるで正気を失った獣そのものじゃな。

 動くものは全て襲うような空気を感じたぞ」


「ああ。お前が特殊なだけで怪物ってのは本来そういうものだ。

 それより、自分の身は自分で守れそうか?」


「と、当然じゃ!

 さっきはちょっと気後れしただけでお主の助けが無くても全然大丈夫だったぞ!」と強がっている様子が見え見えだったが、指摘しないでおくことにした。


「我のことより、まずはあの怪物のことじゃ…。

 扉の壊れた原因があやつなら、さっさと排除すれば修復が完了するんじゃろう?」火月の腕からぴょんと離れると、急に真面目な口調になったねぎしおが話し始めた。


「そのことについてなんだが…」

火月が返事をしようとした途端、視界が斜めに大きく揺れる。


足を滑らせたのかと思い足元を確認したが、

ちゃんと両足が木の枝を支えにしているのは間違いないようだ。


依然として視界は斜めのまま、ゆっくりと体勢が崩れていくのを感じた火月は

ようやく自分の置かれている状況を理解する。



……


木だ…。


自分が登った木そのものが倒れようとしているのだ。


ミシミシと幹が悲鳴を上げ、木が勢いよく倒れ始めたので急いで別の木に飛び移る。ねぎしおも他の木になんとか移動したようだった。


地上に視線を移すと、

怪物がその大きな前脚で周りの木々をいとも簡単になぎ倒している姿が見えた。


『あんな簡単に木って切れるもんだったか…?』


怪物の常識外れなパワーを目の当たりにして冷や汗が出る。


今後の作戦を考えようにも次から次へと木が切り倒されていくので、

落ち着く暇がない。


自分の安全を確保するために、移動し続けるだけで精一杯の火月だった。

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