第35話 脅威

静かな林の中を歩き続けて行けば行くほど、怪物の気配がより強くなる。


かれこれ十分近く経過した頃だろうか、

ねぎしおが痺れを切らして話しかけてきた。


「火月よ、一体何時になったら目的地に着くのだ?

 扉に入る前からずっと歩き続けているんじゃから、少し休憩をした方が…」


突如歩みを止めた火月はねぎしおを抱え、嘴を片手で塞いだ。


姿勢を低くして近くの木の幹に身を潜める。


もう片方の手を口の前に移動し、人差し指を立てるポーズをとると、

ねぎしおに静かにするよう目で訴えた。


火月が何かを見つけたことを理解したねぎしおは、

何度か首を縦に振ると火月の腕から離れ、彼が凝視している方向を見据える。


すると前方約百メートル先に四足歩行で歩く怪物の姿が見えた。


よく観察してみると身体の大きさは縦横に四メートル近くはありそうで、

全体的に赤茶色の体毛で覆われているライオンのような印象を受けた。


「もしかして、あやつが今回の扉の原因なのか?」と小声で質問をすると

「おそらく…な」とまだ判断に迷っているような歯切れの悪い返事が返ってきた。


「となればやることは決まったも同然。さっさとあやつを排除するのじゃ」


「そう焦るな…。まだ相手の情報が少なすぎる」


もう少し近くで様子を見たかった火月は、

怪物に気づかれないように木々の後ろに姿を隠しながら移動を始めた。


残り五十メートル程の距離まで近づくと再度様子を窺う。


顔の周りのたてがみは針山のように全て逆立っていて、

目の位置がわからないほどの長さだった。


前脚は後ろ脚の倍はありそうな太さがあり、

その鋭い爪で引き裂かれたらひとたまりもないだろう。


そして、強靭な咀嚼力を彷彿させる大きな顎と牙は何より目を引いた。


とりあえず見た目の情報は十分に得ることができたので、

あとは怪物の能力についてどうやって検証しようか考えていると、

先ほどまで隣にいたねぎしおがいないことに気づく。


「おい、そこにいる無駄にデカい怪物よ! 大人しく排除されるがよい!

 我が下僕の火月が相手をしてやるぞ!」


約五メートル先の木の陰から堂々と姿を現したねぎしおが、

こちらに背を向けてと歩いている怪物に向かって話しかけていた。


「あいつ…いつの間にあんなところまで…」思わず言葉が零れる。


怪物が歩みを止めて、ゆっくりと後ろを振り返った。

顔の様子はわからなかったが、これでねぎしおを認識したのは間違いないだろう。


「おい! 何か喋ったらどうなのだ!我のことを無視するなど許さんぞ!」


ぷりぷりと怒りながら抗議を続けているねぎしおだったが

次の瞬間、怪物の大きな咆哮が周囲に響き渡った。


周りの木々の葉が一斉に揺れ、波のような音を立てる。

その咆哮のボリュームの大きさに一瞬で身体が強張る。

それは恐怖という名の動物の本能に近い反応だった。


なんとかねぎしおの方を見ると、目と嘴を大きく開けて完全に固まっていた。


『あいつ、完全に相手に呑まれてるじゃねぇか…』と心の中で思っていると、

視界の端にいた怪物がもの凄い勢いでねぎしおの方へ向かっていた。


このまま放っておいたら、間違いなく食われる未来が予想できたので、

すぐに時計の能力を発動させた火月はねぎしおの方へ大きく飛ぶ。


自分の方がねぎしおとの距離が圧倒的に近いはずなのに、

怪物がすぐ目の前まで迫っていることに気づく。


『こいつ…身体が大きいくせにスピードもあるのかよ…』

と新たな情報を得るとともに緊張が走る。


『これ…間に合うのか? 俺も一緒に食われるんじゃ…』

最悪のシナリオが頭を過った。


とにかく、ねぎしおの方へ精一杯手を伸ばす火月だったが

同時に怪物の大きく開いた口が火月とねぎしおを完全に捉えようとしていた…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る