第31話 意志

「火月よ、先程の書物はもう読み終えたから次の書物を持ってくるがよい」

ねぎしおがいる席に戻って来るや否や、新しい依頼を受ける。


「あの分厚い二冊の本をもう読み終えたのか?」

周りに聞こえないように小声で話しかける。


「当然じゃ、我の読解能力をお主ら人間と一緒にするでない。

 何たって我は超エリートな存在じゃからな。

 この世界についても程度は理解できたぞ」

そこには嘴をやや上に向け、自慢げに返事をする鶏がいた。


俄かには信じられない話だったが、

機嫌が良い状態のこいつの話にわざわざ水をさす必要もないので

「そうか…それは凄いな」と頷いておく。



「新しい本を持ってくるのは構わないが、

 ちょっと野暮用ができたから俺はここを離れることになった。

 お前、一人で自分の家まで帰れるか?」


「もちろん、お主と一緒にこの図書館に来た道は覚えておるから問題ないぞ。

 ちなみに野暮用というのは、例の扉の件か?」


「ああ…。さっき新しい扉ができたから一仕事しようと思ってな」


「それなら、我も一緒に連れていくがよい」


「……正気か?」

ねぎしおが冗談を言ってるのかと思い、ジッと目を見る。


「お主から説明があった扉や修復者について忘れたわけではないぞ。

 どのくらいの危険があるかも理解しておるつもりだ」


「だったら、大人しくこの実界で待っていれば…」ねぎしおが言葉を遮る。


「じゃが、我は自分の目で異界について知りたいと考えておる。

 なんせ自分が元々いた場所は扉の向こう側なんじゃからな。

 さっき読んだ本の中にも異界についての説明は無かったし、

 記憶が思い出せない以上、自分の手掛かりはそこにしかないじゃろう。

 それに、我はまごうことなき超エリートではあるが、

 まだこの世界の知識をもっているだけに過ぎん。

 得た知識は行動を起こし試すことで、初めて自分を生かす知恵となる。

 どんなに知識が豊富でも経験に勝るものはないからな。

 確かに、戻ってきたお主から異界の情報を聞くのが

 一番安全であるのは間違いないが、

 我は我のために扉の向こう側へ行ってみたいのじゃ」


ねぎしおが自身の境遇や異界について、

そんな風に考えていたとは思っていなかったので正直驚いた。


自分の記憶が突然無くなったら、

その手掛かりが少しでもある場所へ行こうとするのはごく当たり前のことだ。


ねぎしおの真剣な表情と言葉から、

その意志の強さを感じた火月は「自分の身は自分で守れよ…」と言い残すと、

机に置いてあった二冊の本を拾い上げ図書館の出口へ歩みを進めた。

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