第22話 覚悟

「それじゃあ、話を続けるね」と彼女が言う。


「あとは、扉の修復方法についてなんだけど、

 基本的には扉の中にいる怪物を排除するって認識で大丈夫かな。

 もちろん、例外はあるんだけど」


「ということは、怪物と戦闘するのが大前提の仕事になるってことですよね。

 正直、歳も歳なので得体の知れない怪物と戦える自信が……」


「そこに関しては、あまり心配しなくて大丈夫。

 修復者になると、異界に入った時点で時計の能力が発動して

 基本的な身体能力が向上するものなの。

 全く運動ができない人でも身体が自分の思ったように動くようになるから、

 まず大怪我をすることは無いと思うよ。

 自然治癒能力も上がっているし、

 ちょっとした怪我なら直ぐに治っちゃうんだよね。

 もし怪物が強そうだったら、逃げるのも全然有りだし、

 そこは相手と自分の力量を見極めてもらってって感じかな。

 戦闘をなるべく避けたいなら、

 それこそ難易度の低い扉だけを狙うのもやり方の一つだよ」


「そうですね。自分のできる範囲で仕事を選べるのは助かります」


「やっぱり、どうしても戦闘が苦手な人っているものだから、

 全然気にしなくて大丈夫だよ。

 それに丸腰で怪物と戦えっていう訳でもないしさ」

と彼女がポケットから承和色の懐中時計を取り出した。


「というと?」


「実は懐中時計には、さっき話した扉のナビゲーション以外にも

 いくつか役割があってね、

 その内の一つが怪物と戦うための武器になってくれるってことなんだ」


「武器……ですか。アニメや漫画に出てくる剣とか弓みたいなものでしょうか?」


「そのイメージで問題ないよ。

 まぁ、どんな武器を扱うことになるかは

 時計と契約してみないとわからないんだけどね。

 でも安心して、

 どんな武器だったとしても使い方がわからないってことはないから」


「それは例のごとく、

 修復者になると使い方がわかるようになっているという認識で?」


「察しが良くて助かるよ」と水樹が小さく笑う。


話を聞いている限りだと、修復者になると様々な特典があるようだ。

身体が自分の思い通りに動いて、

初めて手にする武器を自在に操れるなんて都合が良すぎる気もするが、

そこは自分で確かめてみる他ないだろう。


「ついでだから懐中時計の固有能力についても話しておくね。

 懐中時計の能力として、

 身体能力の向上についてはさっき説明した通りなんだけど、

 懐中時計には、もう一つその修復者自身しか使えない固有の能力が

 備わっているんだ。

 例えば他の修復者よりも腕力が向上したり、俊敏性が増したりとかね。

 ただ、この能力は自分の任意のタイミングで発動できる代わりに、

 十分の時間制限があるの。だからって時に能力を使うのが一番いいかな。

 固有能力を発動して十分が経過すると、身体に一気に疲労が溜まって、

 歩くだけでもしんどいんだ。

 その状態で怪物と戦い続けられるほど

 修復者もタフじゃないってことは覚えておいてほしい」


おそらく、

この固有能力についても時計と契約をすれば自ずと理解するものなんだろう。


身体能力の向上がパッシブスキルだとするなら、

修復者固有の能力がアクティブスキルってとこだろうか。

昔熱中していたオンラインゲームを思い出しながら、自分なりに解釈する。

ただ、固有能力については使いどころを間違えるとかなり危険だなと思った。


「とりあえず、大枠として話したいことは話せたかな。

 色々と訳のわからない用語も多かったと思うんだけど、大丈夫そう?」


「そうですね。

 実際に経験してみないと理解できない部分が多そうだ……

 というのが正直な感想です」と答えると

「そりゃあ、そうだよね」とうんうんと頷いていた。


「ただ、この仕事については興味を持ちました。

 自分がどれだけの扉を修復できるかわかりませんが、

 挑戦してみるのも有りかなと思っています」


今までは家族のためにただ働いてきたが、

独り身となった今では自分が多少のリスクを恐れなくなっていることに気づく。


何かあったとしても困るのは自分だけなのだから

身軽に感じるのは当然なのかもしれないが、

新しいことに挑戦するという気持ち、

感情の高ぶりを久々に思い出している自分がいた。


「そう言ってもらえると助かるよ。

 それじゃあ、最後にこの前の夜の公園で確認したことを

 もう一度だけ質問させてね」


彼女がジッとこちらを見ながら話を続ける。


「この仕事に絶対はありません。

 どんなに簡単に見える扉でも命を落とす人もいます。

 扉の先に何が待っているかは誰にもわかりませんし、

 扉の中に入るか否かを決めるのは全て貴方次第です。

 今までの話を聞いて、それでもまだこの仕事をやる覚悟はありますか?」


彼女の目を真っすぐに見据えて、ゆっくりと頷くと、

胸の奥がじんわりと暖かくなるような感覚があった。


自分の覚悟に呼応するかのように、

カウンターの上に置いてあった灰色の懐中時計が

その色を変え始めた。

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