第21話 組織と仕事

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夜の公園で水樹とやり取りしていたことが、

全て自分の妄想なんじゃないかと考えたりするときもあったが、

今日この店に足を運んで彼女の顔を見たら、

やっぱり現実だったんだなぁと改めて実感する。


「それにしても、まさか連絡をもらえるとは思っていなかったから、

 びっくりしたよ」


初めて会った時の敬語口調ではなく、

フランクな話し方に最初は戸惑ったが、彼女なりの距離の詰め方なのだろう。


「数日考えてみたんですが、

 最終的には水樹さんの話を信じたほうが面白そうだなと思ったので」

と答えると、一瞬驚いたような表情をして直ぐに目を細めた。

「面白そうかぁ……。

 いい考え方だね、きっとこの仕事をする上で大事なことだと思うよ」


「ありがとうございます」


「それじゃあ、早速本題に入ろうか」と彼女が仕事の説明をし始める。


「まず、修復対象となる扉についてなんだけど、

 これは、いつ、何処に出現するかは全くわからないんだ。

 朝早くに出る時もあれば、深夜に出る時もあるし、

 自分が住んでいる場所から近い所に出現する時もあれば、

 遠い場所に出るかもしれない。要は完全にランダムってことだね。

 それで、基本的に修復者の人には、

 自分が住んでいる地域に出た扉を優先的に担当してもらうことになっているの。

 明確な地域の定義はないんだけど、

 自分が無理なく移動できる範囲ってくらいに考えてもらって大丈夫。

 あと、修復者は貴方以外にもいるから、

 そこは協力して修復してもらうって感じかな」


「なるほど……。

 ちなみに、修復者の人数って結構いるんですか?」


「全然いないね。どちらかと言えば、常に人手不足かな。

 おそらく、この辺りでも六人くらいだったと思う。

 そこは、私がもっとスカウトを頑張らなきゃいけないところなんだけど……」

 と少し落ち込んだ様子で彼女が言う。


「あと、扉が出現したのを感知したら、

 自分の懐中時計を使って探す方のがお勧めだよ。

 時計の針が扉の出た場所までナビゲーションしてくれるから」


「へぇ、そんな機能まであるんですね」


「そうだね。もちろん、修復者になると自分の担当地域に扉が出た瞬間に、

 何となく場所がわかるものなんだけど、正確な位置までは特定が難しいんだ」


修復者自身の能力にも限界があることを理解する。


「あと、扉が出現しても直ぐに修復に行けないってケースが結構あるんだ。

 修復者の人って基本的に二十歳以上の人がほどんどだから、

 仕事中やバイト中に扉が出ちゃうと対応が難しいんだよね」


確かに平日仕事をしているなら、

その最中に扉が出たとしても知ったことではないだろう。

なんせこの活動は、あくまでも副業扱いなのだから。


「ちなみに、扉が出現してから一時間が経過すると、

 組織からその地域の修復者全員に

 扉の情報がメールで送られるようになっているの。

 と言っても扉の出現場所と難易度っていう最低限の情報だけなんだけどね。

 でも、人によっては組織からのメールを待ってから動く人もいるんだ。

 闇雲に扉の修復に向かうんじゃなくて、

 自分ができそうなレベルのものなら修復するってスタイルだね」


「なるほど、合理的ですね。

 でもそれって、自分のやりたい時だけ仕事をやるってことになりませんか?

 扉を放置していたら、怪物が実界にやってきて被害が出るんじゃ……」


「それはその通り。壊れた扉は修復しない限りずっと残り続けるから、

 扉が出現している時間が長ければ長いほど実界へのリスクは高まるね。

 だけど、ここで言っておきたいのは、私たちは正義のヒーローじゃないってこと。

 もちろん、扉の修復は早めにやってほしい思いはあるんだけど、

 それは修復者に任せてるから、組織の人間がどうこう言えるものじゃないんだ。

 私たちは彼らに仕事を手伝ってもらっているっていう立場だし、

 無理強いは出来ないかな。

 だから、扉の修復が遅れて、

 実界に程度の被害が出るのは仕方ないものだと割り切っているの。

 一応、修復の優先度が高い扉の場合は、

 組織の方でも速やかに対策を講じる仕組みにはなっているんだけどね」


つまり、実界の人間に何か被害があったとしても、

それは不慮の事故みたいなものとして考えるってことなんだろう。


確かに一般人が怪物を認知できない以上、

事が起きたとしても原因不明の事象として扱われるのが関の山だ。

……ただ、修復者になってしまったら、

果たしてそれを見過ごすことができるのだろうか。


「薄情な人間だと思ってもらっても構わないけど、

 全ての人を助けられるほど、私たちも余裕があるわけじゃないんだ。

 扉の解明こそが組織の目的であって、人の命を守ることが目的じゃないからさ。

 まぁ、どういうスタンスでこの仕事をするかは、その人次第ってことになるから、

 あまり難しく考える必要はないと思うよ。

 ……結構一気に話しすぎちゃったかな、

 ここまでの説明で疑問点があれば遠慮せずに質問してね」


彼女自身がどういう組織に所属しているのか、

自分がどんな仕事をすることになるかについては、

ざっくりとイメージすることができた。


よく登録制の派遣のバイトがあるが、あれと似たような感じだろう。

「扉の修復」という固定の仕事内容ではあるが、

自分が稼ぎたい時に稼ぐことができるのは悪くない点だと思う。


この仕事に対する自分の姿勢・方向性については

いまいち見えてきていない部分があるのが正直なところだったが、

「今のところは大丈夫です」と答えると、目の前の飲み物に口をつける。


口の中にレモンの酸っぱさとハチミツの甘みが広がり、

彼女の気遣いと丁度よく冷えたレモネードが五臓六腑に染み渡った。

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