第20話 力

彼女は自分の名前を「水樹みずき」と名乗った。

蜃気楼パルチダと呼ばれる組織に所属しており、

懐中時計オルロージュを持っている人を探して、仕事を手伝ってもらっているとのこと。


もちろん、どんな懐中時計でも良いというわけではなく、

あくまでも彼女や私が持っていた時計と同じ種類のものでなければならないそうだ。


そして、自分が住んでいる世界、水樹は実界エルティーノと呼んでいたが、

実界と別の世界である異界デサフィーオというものが

この世には存在するらしい。


異界には怪物ラニエと呼ばれる生物がいて、

実界と異界を繋ぐエレクシオを壊して、こちらにやってくることがあるのだとか。

未解決事件や事故、神隠しや妖怪・幽霊といった類は、

この扉が少なくとも関係しているとのこと。


ちなみに、壊れた扉を修復できる力を持つのが、この懐中時計ってことらしく

懐中時計と契約をした人間を修復者レパラティオと呼んでいるそうだ。


つまり、自分も修復者になって扉の修復を手伝って欲しいと……

彼女の話をまとめるとこんな感じだった。


……


…………


正直、今の話をいきなり聞かされて信じろと言う方が無理な話だ。


さっさと話を終わらせて、この場から離れたかったので

「なるほど。

 要するに壊れたドアの修理を専門としている会社にお勤めなんですね。

 近々、古いアパートに引っ越す予定がありますので、

 ドアの建付けが悪そうなら相談させてもらいます」

と愛想よく返事をする。


「やっぱりこんな話、信じてもらえないですよね……」


そう伏し目がちに呟く彼女を見て、

もう少し作り話に付き合ってあげるべきだったかなと良心の呵責かしゃくさいなまれた。


「……だったら、しょうがないよね」

と彼女が自分を納得させるかのような発言をしたと思ったら、

ぶつぶつと何かを喋り始めたので。聞き耳を立てる。


よく小説で『背筋が凍る思いがする』なんて表現があるが、

まさかそれを自分が体験することになるとは思いもしなかった。


彼女が話していた内容……、

それは私の名前、住んでいる場所、電話番号、身長、体重、年齢、

血液型から始まり、妻の名前から娘の名前、出身地から両親の名前、

通っていた小学校、高校、大学、付き合った女性の人数に至るまで

全て私に関する事細かい情報だった。


小学生の頃の初恋の女の子の名前まで出てきたので、

流石にこれ以上はまずいと思い

「あなたの話を信じます。だからもうやめて下さい……」と頭を下げる。


「ラブレターの内容までお話ししたかったのですが、大丈夫ですか?」


笑顔で言う彼女を見て、

とんでもない人を怒らせてしまったなと後悔した。


自分だけしか知らないような情報まで出されたら、

彼女の話力を信じる他なかった。



「もちろん、この活動は強制できるものではないので、

 やるかどうかはお任せします。

 一度じっくり考えてから返答を頂く形でも大丈夫ですし、

 今の私の話を忘れてもらっても構いません。

 それこそ、訳のわからない女に絡まれたとでも思って下さい」

 

彼女が一息ついて、再度話を続ける。


「あと、この活動はボランティアではないので、

 扉を修復してもらった人には、報酬を支払う仕組みになっています。

 決して多くは無い金額かもしれませんが、

 副業としてやっている人も一定数いますよ」

と教えてくれた。


また、扉には難易度というものが存在し、

簡単なものであれば、命の危険は低いらしい。


壊れた扉の四隅には必ず四つの水晶玉が装飾されているようで、

紅く光っている数が一個なら難易度が一番低く、

四つ全て光っているなら一番難易度が高いとのこと。


ちなみに紅く光っている水晶玉の数だけ、

修復者が扉の中に入ることができるみたいなので、

最初は他の修復者と一緒に協力できる難易度二の扉がお勧めらしい。


「他にも細かい話はあるんですが、それは追い追い説明する感じですね」

と彼女が言い終えると、おもむろにベンチから立ち上がり、

両手を挙げて伸びをする。


色々と思うところはあったが、

「ちょうど休みがたっぷりあるので、考えてみます」

と彼女に伝えると、こちらを振り向いて小さく頷いた。


「それと、これだけは覚えておいて欲しいのですが、

 誰でもその懐中時計を持っているわけではありません。

 時計に選ばれた理由が、きっと貴方にもあるはずです」


「……そういうものなんですかね」


結局その後も少しだけ話をして、最終的には彼女と連絡先を交換して別れた。


まさか、その数日後に彼女に連絡することになるとは

当時の自分は思ってもいなかった。

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