第19話 家族

学生の頃を振り返ると、

特別頭が良かったわけでもないし、運動も平均レベルだった。


それでも人並みの努力はしてきたつもりだ。


高校の同級生だった妻と結婚し、一人の娘に恵まれてからは、

より一層仕事に精が出るようになった。


妻は娘の教育に力を入れており、

ピアノやダンスレッスン、書道や学習塾などに通わせるためにも

お金が必要であることを毎晩私にプレゼンした。


今年で中学二年になる娘は学校から帰ってくると、

すぐに何かしらの習い事の為に家を出るそうだ。


週末もスケジュールがびっしりと組んであり、

社会人である自分よりも多忙な日々を送っているように見えた。


娘が寝ている時間に家を出て会社に行き、

娘が寝ている時間に仕事から帰ってくるような生活をずっと繰り返していたので、

ここ数年まともに会話をした記憶がない。


娘のことは、いつも妻から聞く情報だけが全てだった。


……


…………


そんな妻から離婚して欲しいとの相談を受けたのは、つい先週の出来事だ。


話を聞いてみると、

娘の習い事でいつもお世話になっている先生と一緒になりたいらしい。

娘のことを第一に考えてくれる優しい人で、娘も随分懐いているとのこと。


妻が浮気をしていた事実に対しては怒りを覚えなかった。


むしろ、自分よりも妻と娘を大事にしてくれる人がいるならば、

それが一番とさえ考えていた。


どうやら私は、仕事ばかりに目を向けて家族をかえりみないダメな父親だったようだ。

自分なりに家族のために一生懸命やってきたつもりだったが、

一体何処で間違えてしまったのだろう……。


そんな思考が延々と頭の中で繰り返されているうちに、

離婚の手続きはあっという間に片付いた。


会社の仲間にもかなり心配をかけてしまい、

上司からは少し休みを取るように勧められた。


いつか家族サービスのためにと思って残しておいた有給が、

こんな形で役に立つとは、なんとも皮肉な話だった。



そんな一週間の出来事を思い返していると、

隣に座っていた彼女が、何かを思い出したかのように口を開く。


「もしかして、奥さんと娘さんに捨てられました?」


「っ……!」


そのあまりにも的確な指摘に思わず息を呑む。


自分が考えていたことを無意識に喋ってしまったのか思い、

咄嗟に口に手を当てる。


「大丈夫ですよ。口はずっと閉じたままでしたから」

とこちらを見て言う彼女に「……人の心が読めるんですか?」

と非現実的な質問をしてしまった。


「人の心は読めませんが、それに似たようなことならできます」


真面目な表情で彼女が答える。


あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな話だと思ったが、

目の前で起きている出来事が現実であることを証明していた。


「驚かせてしまってすみません。

 でも、この時計の力を信じてもらうためには、

 これが一番手っ取り早いかと思いまして……」

とポケットから承和そが色の懐中時計を取り出す。


それは色が異なる点を除いたら、

自分が持っている懐中時計と瓜二つのものだった。


「色々と聞きたいことがあるとは思うんですが、

 まずは私の話を聞いてもらっても良いですか?」

と言う彼女に対し、ゆっくりと首を縦に振ることしかできなかった。

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