第18話 公園
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「その懐中時計カッコイイですね。少し見せてもらっても良いですか?」
会社の近くにある公園のベンチで休んでいると、
突然声をかけられた。
現在の時刻は午後十一時過ぎ……当然辺りは真っ暗で、
後ろに立っている街灯だけが
自分の座っているベンチをスポットライトのように照らしていた。
手元に握っていた懐中時計から目線を上げると、
一人の女性が暗闇からゆっくりと姿を現す。
年齢は二十代前半くらいだろうか……。
セミロングの白い髪に吸い込まれそうな碧眼、
キリっとした目つきに鼻筋が通った顔は、
誰がどう見ても美人と回答するレベルのものだった。
こんな時間にベンチで休んでいる男に話しかけてくるなんて、
何かの押し売りか勧誘だろうなと思い
「どうも……ありがとうございます」と適当に返事をする。
「先に言っておきますけど、私、壺とか絵を高い金額で買わせたり、
宗教勧誘をするつもりで話しかけたわけじゃないですからね。
もちろん、
と自分の心を読んだかのような発言をしたので、
驚きと同時に緊張感が一気に和らいだ。
そもそも、自分の置かれている境遇を考えれば、
今更誰かに騙されたとしても大したダメージでは無いだろう。
むしろ、落ちるところまで落ちてみるのも悪くないかもしれない。
「そうですか。それなら安心ですね」
「そうなんですよ。私、安心安全をモットーに生きていますので」
そう笑顔で自信満々に言う彼女を見て、
今の状況を冷静に考えれば、むしろ自分が言うセリフのような気がした。
いずれにしても、こんな自分に話しかけてくれる酔狂な人に
少しだけ興味が湧いたので話を続けることにした。
「どこのメーカーで、いつ買ったのかは覚えていないんですけど、
お気に入りの時計なんです。良かったらどうぞ」
手に持っていた灰色の懐中時計を彼女に手渡す。
懐中時計を初めて触ったのか
「結構重みがあるんですね」とか「ローマ数字の文字盤がカッコイイですね」
と感想を述べては物珍し気に観察をしているようだった。
五分ほど待っていると、
満足したのか「見せて頂き、ありがとうございました」と時計を返してくれた。
……
…………
二人の間に沈黙が流れる。
『えっ……。懐中時計を見たんだから、この人帰らないのか?』
と心の中で考えていると
何を思ったのか、彼女は自分の座っているベンチの隣に腰を下ろした。
「お兄さんは、何でこんな時間に公園に?
仕事が遅くなったからですか?」
まるで友達と会話をするかのような口振りで質問をされる。
もうアラフォーの自分に対して「お兄さん」という言葉を
相手に使わせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、質問に答える。
「残業していて帰りが遅くなったからっていう理由はあるんですけど、
単純に色々疲れてしまったので、休んでいただけです」
「そうだったんですね……。
生きるためにお金を稼ぐって大変ですもんね……」
としみじみ彼女が言う。
それは、大学生や社会人になりたての人間が放ったようなものではなく、
彼女なりに
再び静寂が二人を包み込む。
ふと空を見上げると黒いスクリーンのような夜空に、
今までの人生の出来事が映し出されていくような気がした。
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