第16話 水樹

「なるほどね。修復のトリガーじゃない怪物かぁ。

 私が知っている限りだと過去に例が無いのは間違いないかな……。

 流石、傷無しの扉って感じだね」


一人納得した様子で、彼女がうんうんと頷いていた。


「中道君の言う通り、この怪物の脅威が限りなく低いってことに関しては同意かな。

 私も意識しないと怪物であること見逃しちゃうくらいだし……。

 それにしても、よくこの子をお店まで連れて来れたね。

 扉の場所から結構距離があっただろうし、無理やり拘束して連れてきた感じ?」

と心底不思議そうな顔をして聞いてきた。


「こやつが我を安全な場所に連れていくというから、ついてきただけじゃ」


鶏がぶっきらぼうに答えると、一瞬、場の空気が凍り付くのを感じた。

彼女の方に視線を移すと、鶏の方を指さして目配せをしてくる。


「すみません、伝えるのを忘れていました。コイツ喋るんですよ」


「……今日は本当に驚いてばっかりな気がするなぁ。

 もう今後何を言われても驚かない自信があるよ」


大きく息を吐き、苦笑しながら彼女が言う。


「暴れない怪物が近くにいるだけでも珍しいのに、

 意思疎通ができるなんてレア中のレアケースだよ」

と興奮気味に話を続けるので「それで、売れそうですかね……」

と再度確認してみることにした。


「売れるかどうかはわからないけど、

 少なくとも今後の扉の修復において

 怪物のことを調査する意義は十分にあると思う。

 とりあえず組織の方に連絡してみるね」

と手元のスマホで連絡を取ってくれた。


少し雑談をしていると直ぐに返信がきたようで、

調査のため対象の怪物を数日預かりたいとのことだった。


早くこの鶏を手放したかったこともあり、組織の依頼に二つ返事で了承した火月は、怪物の受け渡しなどを含め、鶏を彼女に預けることにした。


「それじゃあ、お手数ですが後のことはお願いします」


「大丈夫大丈夫! 任せておいて」


「……それで、お主らの話はまとまったのか?」

と鶏が気だるそうな表情で聞いてきたので、

「お前の望み通り、安全な場所に連れていく手筈てはずが整ったところだ。

 とりあえず今日はこの店に居させてもらえることになったから

 大人しくしておけよ」と忠告をしておく。


「そうか、この女が我の世話をすることになったのか。

 腹の内がわからぬお前よりも単純そうで遥かにマシじゃな」

と嫌味成分たっぷりの返答に「私って単純そうかな、中道君……」

と一人でブツブツ言い始めたので、

「あまりコイツの言うことを真に受けないほうが良いですよ」

とアドバイスをしておいた。


そういえば、彼女の紹介がまだだったと思い出し、鶏に向かって説明する。

「彼女の名前は水樹みずきさん。このお店のオーナー兼

 俺の仕事の仲介役みたいなことをしてくれる人兼

 お前の身柄を預かってくれる人だ」


「少しの間だけど宜しくね。鶏さん」との笑顔で挨拶をする彼女に対し、

「我に仕えることを光栄に思うがよい」

とテーブルの上でふんぞり返る鶏がそこにはいた。

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