第11話 鶏

相手の身体を貫く予定だった短剣は箱の側面に当たり、

鈍い金属音が広間に響き渡った。


ジーンとした痛みが右手に広がる。


どうやら、仕留め損ねてしまったらしい……。

だが、一つだけ分かったことがある。


間一髪のところで箱の中に身を潜めた怪物の行動は、

自分自身に防御するすべがないと言っているようなものだ。


箱の中を覗き込むと一羽の鶏がこちらに背を向けて、

ブルブルと震えている姿が見える。


……やはり自分の見間違いではなかったらしい。


怪物だと思っていた相手の正体は、

どこからどう見ても普通のにわとりにしか見えなかった。


気になることがあるとすれば、

鶏冠とさかの色が赤ではなく、色鉛筆の金みたいな色になっていること。


そして、

箱を開けた瞬間に感じた気配を、今は全く感じないことくらいだろう。


箱自体に何か特別な仕掛けがあったのかもしれないが、

気配を感じることができない以上、調べる気にもなれなかった。


「…お前、言葉が喋れるのか?」


怪物と話が出来る機会なんて最初で最後かもしれない。

有益な情報でも得られればと思い、話しかけてみることにした。


ぶるぶると震えていた鶏の震えが止まり、

ゆっくりと振り向いてジッと火月の目を睨みつける。


短剣を腰のホルダーにしまい両掌を相手に向け、敵対の意思が無いことを伝える。


鶏が小さくジャンプして箱の中から出てきたと思ったら、

ちょこちょこと移動して目の前にやってきた。


正面からよく観察してみると、

顔つきが出来損ないのマスコットキャラにも見えなくもない。

体つきも少し丸みがあるようで、実界の鶏の方がもっと野性的でカッコイイな

という感想を抱いた。


「野蛮な者と話をするほど、我も落ちぶれてはおらんが、

 お主が今までの無礼を詫びるなら話をしてやってもよかろう」


ふんぞり返りながら鶏が話を始める。


随分偉そうな物言いをする鶏だなと思ったが、

会話ができそうなので質問を続けることにした。


「すまない、ちょっと手元が狂ってしまった。

 それにしても喋る怪物なんて実在するんだな。

 お前はどうしてこの箱の中にいたんだ?」


「謝罪の気持ちが全く伝わらん。

 お主、ちゃんと謝罪ってものを理解しておるのか?」


大きく溜息をついて鶏が話を続ける。


「仕方ないから我が直々に謝罪ってやつを教えてやろう。

 相手への誠意を持った謝罪、すなわち土下座! 

 DO・GE・ZA! ってヤツじゃ」


鶏が嬉々として火月の周りを飛び跳ねながら、土下座コールを繰り返す。


.……


…………


あぁ……、なんだろうこの状況は。


よくわからない鶏にいきなり土下座を強要されるなんて

一時間前の自分は想像できただろうか。


これ以上の会話は無意味だと判断し、腰の短剣に手を伸ばす。


こちらの意図を感じたのか、鶏が「ひっ!」と小さく声を上げ、

その場で土下座のポーズをとる。


「少し調子にのってしまったようじゃ。

 だからどうか命だけは……」


鶏の宣言通り、謝罪の仕方を教えてもらった火月は、

先ほどの質問に対する返答をうながす。


「我が言葉を喋れるか?なんて、愚問でしかないわ。

 まして怪物あやつらと一緒にするなんて言語道断。

 そもそも箱の中にいた理由なんて知るわけがなかろう。

 お主は、我が好きこのんでこんな箱に入ったと思っておるのか?」


一言居士いちげんこじな話し方は相変わらずだなと思ったが、

知りたいことは聞けたので良しとする。


つまりこの鶏は、他の怪物よりも自分が優秀だと勘違いしている怪物ということだ。


「そんなことより、我の質問にも答えよ。

 お前は一体何者で、ここは何処なのだ?」


「ただの通りすがりの人間だ。ここが何処かなんて俺も知らないが、

 強いて言うなら異界ってところだ」


律儀に答える必要はなかったのだが、

どうせ始末するのだから、せめて今のうちに疑問を解消しておいてやることにした。


何か考え込んでいる様子の鶏だったが、自分にはもう関係ない。


瞬時に左手で鶏を抱えると、

痺れがだいぶ良くなってきた右手で腰の短剣を引き抜く。


鶏が何かを喋ろうと

くちばしを大きく開ける姿がスローモーションに映る。


今日の夕飯はコンビニの唐揚げ弁当にしようと決めた火月は、

鶏の喉元をめがけて紅葉色に光る得物を振り下ろした。

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