第10話 邂逅

寒気を感じる程の強い気配を感じ、後方へ大きく飛び退くと

何時でも戦闘が開始できるように時計の能力を発動させる。


十分以内にが付かなかったら、

今回の修復は諦めることを決めた火月は右手に持った短剣を前に構えて、

より注意深く箱を観察する。


……


…………


箱とサラリーマンの睨み合いが始まって、数分が経過しただろうか。

中から何かが出てくる様子は一向になかった。


自分が感じた気配は勘違いだったのだろうかと不安になりつつも、

ジッと箱を見続ける。


……


…………


もうそろそろ五分が経とうとしていた。

箱は依然として沈黙を貫いている。


流石にこの時間まで待って動きがないなら大丈夫だろうと思い、

一度箱から視線を外す。

その瞬間、視界の隅で何かが動くのを感じた。


しまったと思った火月は敵の攻撃を避けるため、右手側に大きく飛んだ。

正面で攻撃を受けるよりも、ダメージが少ないと判断したからだ。


咄嗟の行動だったので、右肩から床に滑り込むように落下する。

多少の痛みはあったが、時計の力によって身体能力が一時的に強化されているので、骨が折れる心配はないだろう。


動きがあった箱の方へ、直ぐに視線を戻す。

正確な姿はわからないが、

箱の周りを約五十センチくらいの生き物がちょこちょこと動いている様子が窺えた。


どうやら、相手側から先制攻撃を仕掛けてきたわけではなかったらしい。

致命傷になるレベルのダメージを受けなかったことに安堵しつつ、

怪物への警戒を強める。


見た目から、そこまでの威圧感は感じられないが、

怪物ほど見た目が当てにならないものはない。

それは過去の経験から嫌というほど理解させられてきた。


限られた時間の中で、現状を打破するために思考を巡らせていると

突然誰かが呼びかけていることに気づく。


「おーい、そこにいる者よ。今凄い勢いで転がったように見えたが大丈夫かー」


他の修復者が応援にきたのかと思い、入ってきた扉の方を横目で確認するが、

誰かいるようには見えない。

緊張のせいで空耳が聞こえてしまったのだろう。


「おーい、何をジッとしているのだ。我の姿が見えないのか? こっちだこっち!」


視界に映る怪物がピョンピョンと飛び跳ねているのが見えた。


『……もしかして、怪物アイツが喋っているのか?』と自問する。


喋る怪物なんて見たことも無いし、聞いたこともない。

もっと本能的で理性のかけらも無いのが怪物のはずだ。

そう思い込もうとしたが、直ぐに考えを改める。


自分の物差しを過信するな、目の前にあるもの、起きている事が全てだ。

柔軟に対応できる心こそ、この副業に一番必要なものだと思い出した火月は、

一メートルほど先の床へ瞬時に移動し、転がっていた小石を怪物の方へ蹴飛ばした。


それなりのスピードで飛んでいった小石が怪物の直ぐ真横を通り抜ける。


「ひっ! 危ないではないか!」


怪物が抗議している声が聞こえたが、今の状況を冷静に分析する。


アイツは自分の身に危険が迫っていたにも関わらず、

自分を守る行動を取らなかった。

いや…そもそも石の速度に反応できていなかったように見えた。

何か能力を使用するかと思っていたが、

これじゃあ相手がどんな技を使ってくるのかもわからない……。


もう少し調査が必要だと考えた火月は小石が転がっている床へ

何度も移動を繰り返し、合計五個の石を連続で蹴り飛ばした。


怪物が身体を上下左右に一生懸命動かし、

なんとか小石の直撃を避けている姿が見える。

その必死な様子が、自分の考えをある結論へ導こうとしていた。


「き、貴様! 何度も我を攻撃するとは何事か! この無礼者が!」

と怒気を含んだ声が再び聞こえる。


現時点で相手の力量を決めつけるのは早計かもしれないが、

おそらくアイツは紅四レベルの怪物ではないだろう。


能力の出し惜しみをしている可能性も考えられるが、

そんなことをする理由がわからない。


そもそも相手からご丁寧に話しかけてくる時点で、

攻撃の意志は最初からなかったのかもしれない。


何にせよ、紅一レベルの怪物だってもう少し動きにキレがあるだろう。


能力のタイムリミットも残り僅かとなったので、一か八かの賭けに出ることにした。今までの自分なら絶対に選ばない行動だったが、

会社の同期の前向きさに影響されたのだろうか……

なんとなく自分の直感を信じたくなったのだ。


直前まで能力を隠し、今までの動きが全て演技だったなら、

それは相手が一枚上手だっただけの話だ。

運が悪かったと潔く諦めよう。


怪物を処理するために一気に間合いを詰める。

距離が近づくにつれて、次第に相手の姿がよりハッキリと見えてくる。

こちらの気配に気づいたのか、怪物も驚いたような声を出して火月の方を凝視する。


それは修復者と怪物の……

いや、傍から見ればスーツ姿のサラリーマンと一羽のにわとり

奇怪な出会いの始まりだった。

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