第5話 休憩

北大路との飲み会から一ヶ月が経過した。


結論から言うと、今回の案件は過去に類を見ない程順調に進んでいた。

スケジュールに大きな遅れはなく、

このままいけば何事もなく成果物を納品できるだろう。


作業の引継ぎなども滞りなく進められていて、

北大路が急にいなくなっても対応できるほどの体制が整いつつあった。


「予定よりも早く納品できそうだな」


会社の休憩スペースで一息ついていると、

ペットボトルのお茶を片手に北大路が声をかけてきた。


「これも優秀なリーダーのおかげなんだろうさ」


「やめてくれ、お前に言われると嫌味にしか聞こえない」


北大路が苦笑しながら答える。


「むしろ順調すぎて怖いくらいだ。何処かに落とし穴があるんじゃないかってな」


「それは俺も思っていた。けどもしかしたら今回は本当に大丈夫なのかもしれない」


「へぇ、その根拠は?」


「北大路の退職祝い的な?神様の粋な計らいってやつ」


真面目な表情をしていた北大路が急に吹き出した。

ひとしきり笑った後に呼吸を整える姿を見て、自分の発言に後悔した。


「神様かぁ……。お前、昨日変なテレビ番組でも見た?」


「急にメルヘンなこと言って悪かったな」


「すまない。別に馬鹿にするつもりは無かったんだ。

 ただ、現実主義人間代表の中道から出たセリフとは到底思えなくてね」


 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、北大路が話を続ける。


「けど、そこまでお前に気を遣われちゃあ、俺もそう思うことにするよ」


「もう勝手にしてくれ……」


「まぁそういじけるなって。これでも中道には感謝してるんだぜ?」


「あれだけ人のこと笑っておいて、その言葉が信じられるかっての」


恨めしそうに北大路の方を見る。


「それで、退職日はもう決まったのか? 引継ぎはほとんど終わってるんだろ」


「……まぁな。優秀なチームメンバーで本当に助かるよ。

 来週の金曜日が最終出社日の予定だ」


「ちょうど一週間後か」


「そういうこと、

 俺と会えるのもあと僅かなんだから感謝の手紙を書いてくれてもいいんだぜ」


火月のメルヘン発言が尾を引いているのか、北大路がニヤニヤしながら言う。


「遠慮しておこう。お前の腹をよじれさせて病院送りにさせたくないからな」


「それは残念。次の機会にでも期待しておくよ」


北大路にミーティングの場所を確認し、静かに席を立つ。

休憩スペースの時計の針は、ちょうど十六時を回ろうとしていた。

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