最終話
「1666(シックスティーンシックスティシックス)」
堀川士朗
最終話 天外(てんげ)
1666年。
寛文六年。
九月も半ば。
旅の終わりが見えてきた。
美奈が他の『をどあける』の娘たちに対してまるで、
「妾(あたし)は扱いが違うのよ、何てったって間垣富三の寵愛を受けているンだからねほうら見ろとっても素敵な小間物もこないだ買って貰ったのよほほほほほほほほほほほほほ」
とばかりに高圧的な態度を取るようになってきた。
肥前や信乃の粗末なかんざしを奪い取り、目の前でぼきりと折っていた。
間垣はそんな美奈の高慢ちきな様を見て内心にやにやしている。
学も教養もない杉作村の薄汚れた野良の娘っ子らである。
そういった人間関係、猿のような上下関係やまうんとの取り合いに陥るのは、むしろ当たり前なのである。
一里塚を幾つも通り過ぎる。
曳き車『玄武』の直噴たあぼの調子は今日も快調だ。
豊かな樹木が風に揺れる中、最後の夏蝉が力弱くかなかなと鳴いていた。
目的地の天外に着くと間垣富三は娘たちを曳き車から乱暴に降ろした。
美奈でさえも。
美奈は、あっ?と声を出して疑問に思った。
丁度、天外の町では祭りが催されていた。
町の広場めいた場所には高い櫓が組まれ、『天外音頭』がかき鳴らされて若い娘たちが踊っていた。
『をどあける』の娘たちはそれを見て複雑な心境になった。
同じ年頃の娘なのに、背格好も顔かたちも変わらないのに、どうして自分たちは身なりの貧しい奴隷なのかと久松は考えていた。
「最後に踊っていくか」
間垣は優しくそう言って『をどあける』の四人の娘たちをその躍りの輪の中に入れてやった。
ぎこちない動きで前の娘の振りを見ながら美奈と肥前は踊る。
久松は躍りながら泣いていた。
♪はあ~ 踊ろ踊ろう
天外だんす だあんす
憂き世忘れて 踊れば
ちょいと 三度傘
天外だんす だあんす~
♪はあ~ 踊ろ踊ろう
天外だんす だあんす
太鼓叩いて 踊れば
これは さんばかな
天外だんす だあんす~
♪はあ~ 踊ろ踊ろう
天外だんす だあんす
同じ阿呆なら 踊れば
また 愉しからずや
天外だんす だあんす~
しばらくして音頭が止んだ。
「もう行くぞ」
と、間垣は存外優しく声をかけた。
娘たちは一瞬、ひどく悲しい表情を浮かべた。
木賃宿には、先に約束している黒い着物を着た若い引渡し人が到着していて、二三挨拶を交わし、間垣は書面を渡した。
祖土はそれをつまらなそうに眺めている。
その様子を察して間垣富三が言った。
「今回のびじねすは最初『をどあける』の娘っ子が六人いて、途中二人おっ死んで四人運べた。四人も残りゃ上等だ。一人頭三十五両がチェダ屋の収益だ。食われちまった吉初の分も七両二分呉れたしな、梅梅禁が。それは吾のぽけっとまねいにする。ま。まあまあだな」
「旦那、あンなに気に入ってた美奈の奴は良いのかい?」
「ああ。あの女は充分味わったからもう良いよ。もう少女じゃない。もはや出がらしだ。出がらしの女には興味がない」
「そういうもンかい」
『をどあける』の娘たちの黒い首輪はそのまま外されなかった。
向こうの引渡し人にたぶれっとにて情報を書き換えて、今度は引渡し人から三十丈(90メートル)以上離れたら首輪が炸裂する設定にした。
全てを諦めてよだれを垂らしぼおっとしている久松、すすり泣いて間垣を恨めしそうに睨んでいる美奈、無表情の肥前、えへらえへら笑ってつばをあちこちに吐いている信乃。
様々な諦念がある。
引渡し人が、従わない久松と信乃には『をどあける』専用しつけ棒で尻を思い切り叩いている。
ばちこーん!
ばちこーん!
「ちゅっちゅっちゅ~るるっぱああああああああっ!」
「ちゅっちゅっちゅ~るるっぱああああああああっ!」
久松と信乃はだぶるぴいすだ。
だぶるぴいすには痛みを軽減する効果がある。
引渡し人の所有する完全自動運転の曳き車『瑞花』でゆっくりと運ばれて行く娘たち。
表情は暗い。
十六歳の少女、『をどあける』の四人の娘たちは視界から消えた。
間垣は煙管に火をつけてすぱすぱと吸い、懐から小判を出し始めた。
祖土利一の顔がふわっと明るくなった。
現金な男で分かりやすい。
「祖土。ご苦労様だったな。約束の成功報酬五両だ」
「ありがてえ。頂戴します。なあ間垣の旦那……俺が命をかけて守ったあの『をどあける』ってぇのは、一体何だったんだい?ここいらには女を囲う遊郭もちょんの間の茶屋もねぇぜ」
「ああ。『をどあける』は人間核燃料棒さね。この先の南天外原子力発電所であの娘たちは燃料棒として生きながら一生涯その命を燃やすんだ。文字通り燃料だけにな。あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「……ほう。そりゃずいぶんと悲しいさだめだな」
「ああよ。杉作村の呪われた因習だ。ま。そのおかげでチェダ屋の吾はいやらしく存分に儲けさせてもらってる。けっけ。祖土、お前はどうするつもりだ。また尾古伊沢まで乗っけてってやろうか?」
「いや、あそこは煙突ばかりあって辺鄙(へんぴ)でぷぺってていけねえや。天外からまた先の町でちょいとあすんでから、用心棒の職でも何でも探すさ。せっかくここまで来たンだからな」
「そうか。祖土、三ピンヤッコなんつ言って悪かったな。お前は腕が立つからな。どこい行っても通用するだろうよ。世話になったな」
「応さ。楽しい旅だったよ。間垣の旦那も達者でな。あばよ」
深く、禅僧のように礼儀正しくお辞儀をする二人。
踵(きびす)を返し、ゆうらりと去る祖土利一。
秋のような風が吹く。
間垣富三は馬銜下(はみした)で撮った一枚の集合写真を眺めた。
みんな笑って写真に納まっている。
「今回も、ま。楽しい旅だったな」
間垣は一文銭をぴぃぃぃんと指で弾いて掌で蓋をした。
表か裏か。
今日の予定はこれで決まる。
おしまい
(2021年5月執筆)
1666(シックスティーンシックスティシックス) 堀川士朗 @shiro4646
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