第四話


 「1666(シックスティーンシックスティシックス)」


         堀川士朗


第四話 馬銜下(はみした)



「間垣の旦那」

「どうしたい?」

「腹が差し込む」

「ふぅん。先だってのぱすたでも当たったかな」

「分からねえ。その前に食った鯵の干物が当たったのかもしれん。急激な痛みだ」

「そいつはいけねえな祖土。今襲われたらおめえは全く戦力にならねえ。大事な荷を奪われる」

「あい面目ねえ」

「だらにすけでも飲んどきな。今出してやる」

「すまねえ」


祖土利一の襦袢と褌からは、得体の知れない匂いがした。


「祖土、その匂い何とかならねえか。頭おかしくなる。洒落めいたお前に似つかわしくないぜ」

「あいすまねえ。そうだな」


馬銜下の宿場町に到着した。

すたんどに寄って曳き車『玄武』にはいおくがそりんを入れ、隣接するにこちゃんまあとで食糧や必要物資を購入して車に積み込む。

間垣富三は曳き車のぼんねっとを開けてぶいはちえんじんを愛撫している。


「可愛い可愛い直噴たあぼちゃ~ん」


祖土はしくしく痛む腹をさすって逆の手で刀の鍔をこりこりと触って気を紛らしている。


間垣は一文銭をぴぃぃぃんと指で弾いて掌で蓋をした。

表か裏か。

今日の予定はこれで決まる。


馬銜下はお茶どころとしても有名である。

茶屋がいくつも軒を連ねていた。

威勢の良い茶屋の主人に声をかけられて入店する間垣。


「茶~の道を舞う龍!天下降臨や!」

「昆布茶を一つ下され」

「緑茶にしとけ、緑茶にしとけ、損はさせねえ」

「じゃあ緑茶一つ」

「茶~の道を舞う龍!天下降臨や!」

「気合い入ってますね」

「ワイの名は千一級(せんのいっきゅう)!ワイの淹れる茶は天下一級品やで~!」

「ほう。楽しみだな緑茶」

「茶~の道を舞う龍!天下降臨や!」

「気合いが空回りだなぁ」


お茶はあまり美味しくなかった……。

付け合わせの抹茶ぢぇらぁあ糖を食べてこれは冷たくて非常に美味しく、満足する間垣富三。

千一級はもうこの作品には出てこない。もぶである。


また馬銜下の町をうろうろ歩く。

馬銜下は大きな宿場町だ。

色々な店がある。


写真館がある。

女流かめらまん、インベ☆ダー子さんが経営していた。

腹の痛い祖土と美奈以外皆興味津々だ。

間垣が言った。


「写真館があるぜ。ここで一枚撮って行こう。みんな揃った奴を」


美奈が言った。


「あたしは良いわ、魂が抜けるってぇから」

「そうか。ま、記念にと思ったんだが無理強いはすまいよ」


インベ☆ダー子さんのかめらの前に祖土と美奈以外の全員が並ぶ。

ダー子さんが要求する。


「もっとさあ。ぽおずが。違うんだなーなんか。なんかーなんかー違うんだなーなんか。そんなんじゃー、理想のウサギちゃんじゃない!しゃったー押せないよそんなんじゃ!」

「難しいモンですねぇ」

「とにかくこのぽおじんぐじゃ理想のウサギちゃんじゃないんだよっ!分かってねーのかよおめーらよぉっ!」

「いや、全然分かってないですけど……」

「あれだ。もっとこう、『をどあける』の少女たちの屈曲した哀しみっつーの?屈曲した哀しみ、まあ知らないけど。アタシはそういったものを表現したいんだよ。あんじゃん?そんなん。まあ知らないけど。兎に角しゃったー押せないよそんなんじゃ!理想のウサギちゃんじゃない!全裸に剥いて氷部屋に吊るすよ!」

「ひあ、それは勘弁を。むぐぐ。こうですか」

「ひむむ」

「はむむ」

「理想のウサギちゃんまでもうちょい」

「ぐむぬ」

「てがん」

「全裸に剥いて氷部屋に吊るすよ!」

「だからそれはなんなんですか?」

「ふぬぐ」

「わとすん」

「もうちょい」

「ふすがん」

「はむす」

「ン。良いかな。なったかな。なったっぽい。ないすぽおず。は~い行くよ~、は~い、ちーず臭~」


自然露光なので、出来上がりまでにけっこうな時間がかかった。

全員そのままの体勢で半刻ほど経ち、インベ☆ダー子さんの、

「ン。理想のウサギちゃんになった。お疲れ様」


の一声でやっと解放された一行。

間垣がへろへろの声で呟いた。


「こりゃ魂抜けるわ……」


皆にとって、思い出の一枚が出来上がった。

夏蝉がチキチキと鳴いていた。

旅はいよいよ終盤を迎える。



          つづく


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