第23話 小悪魔編集ちゃんと気まずい沈黙
というわけで編集長は俺の許可を待たずしてズカズカと我が家の敷居をまたいできた。
まあ、拒否したところで入ってこられただろうけど……。
編集長を我が家のように「狭い部屋ですが」と案内する咲夜に、俺は全てを諦めて彼女を部屋に入れることにした。
どうせ拒否したところで、さっきの写真をちらつかされて結局は入れることになるのがオチだ。
ということで三人で飲み会を開くこととなった。俺の左隣には咲夜、そして、右隣には編集長。
二人の巨乳に挟まれながら俺は間でちょびちょびとビールを飲む。
ってかなんで一か所に集まるんだよ……狭い……。
が、狭いと思っているのはこの部屋で俺だけのようで、咲夜も編集長もお構いなしのご様子でビールを仰いでいた。
「ぷはー美味しいっ!! ほらほら咲夜ちゃんももっと飲んで飲んで」
と、上機嫌の編集長はビールの缶を手に取ると彼女のグラスにビールを注いでいく。
そして注ぎ終わると俺のグラスにもビールを注ごうとした彼女だったが、俺のグラスを見て首を傾げた。
「あら、さっくんったら全然減ってないわよ?」
「俺は明日もあるので……」
俺はあまり酒には強くない方なのだ。あまり飲み過ぎると、明日は使い物にならない。原稿完成前祝いが本当にフラグになってしまわないように、ここは自重しておく。
そんなノリの悪い俺に彼女は何やら不満げにぷんぷんと頬を膨らませる。
可愛くねえぞ。いや……めちゃくちゃ可愛いんだけど可愛くねえぞ。
「さっくんにもっと酔ってもらわないと、弱みが握れないじゃない……」
なるほどカラメル先生はこれでやられたんだな?
が、ただでさえ俺は一枚証拠写真を握られてしまっているのだ。これ以上墓穴は掘れない。
ということで彼女の申し出を無視してグラスに手で蓋をしていると、彼女は立ち上がって咲夜の前にしゃがみ込んだ。
「咲夜ちゃん……さっくんが全然私にかまってくれないの……」
「編集長、パンツが見えてますよ……」
どうやら彼女の角度からは編集長のパンツが丸見えのようだ。
「いいのよ。咲夜ちゃんになら見られても」
とそんな編集長の頭を咲夜は「よしよし」と撫でる。
そんな咲夜の優しさに編集長は咲夜の胸に甘えるように顔を埋める。
「いいもん……さっくんがかまってくれないなら咲夜ちゃんに甘えちゃうもん……。あぁ~咲夜ちゃんのおっぱいふかふか」
が、しばらくすると不意に彼女は俺に顔を向けると、
「見せもんじゃねえぞ」
と睨んできた。
「いや、だから見せつけられてるんだよっ!!」
いったい俺は何を見せられているんだ……。
というかこの女はホントどうして急に俺の家に来た……。
「で、そろそろ本題を話して頂いてもいいですか? 何の用もなくわざわざこんなところに来たわけじゃないんでしょ?」
ということで俺は彼女に単刀直入に尋ねてみることにした。すると、彼女は相変わらず咲夜の胸を堪能しながらムッと頬を膨らませる。
いや、だから可愛くねえよ……。いやめちゃくちゃ可愛いけど、可愛くねえよ……。
「もう……さっくんったらせっかちなんだから。早漏は嫌われるわよ?」
あー殺してえ……。今後の人生全て棒に振ってもその顔面をぶん殴ってやりてえ……。
と、そこで編集長はようやく咲夜から顔を放すと、床に置いたバッグから何やらファイルのようなものを取り出した。
「実はね、カラメル先生を脅して……じゃなかった……お願いして追加のイラストを描いてもらったの。カラメル先生って本当に優しい人ね。どうしてこんな弱小レーベルのために、こんなに一生懸命描いてくれるのかしら?」
「いや、答えは今あんたが口にしかけたでしょ……」
「答え? わかんな~い……」
とすっとぼける編集長。
「で、イラストって何ですか? もしかして追加の挿絵があるとか口にするつもりじゃないですよね?」
「勘のいいガキは嫌いよ」
「もうガキっていう年齢じゃないけどな……」
どうやら8万文字を書いた時点でさらに追加の挿絵をもってやがったようだ。
おいおい今更そんなもん持ってこられても軌道修正できないぞ。
と、そこで咲夜が編集長からファイルを受け取ると、中からイラストを取り出して眺めはじめる。
「わぁ~可愛い……。お願いしてたヒロインのイラストができたんですね?」
「先生、見てください。これティアラちゃんにそっくりじゃないですか?」
と、挿絵に目をやるとそこにはウエディングドレス姿のティアラ氏が恥じらうように主人公を見つめる姿が描かれていた。
「ってか、そっくりどころかほぼ模写レベルに似てるじゃねえか……」
「実はティアラちゃんに頼んで写真を送ってもらったんです。それを参考にカラメル先生に描いてもらいました」
「さすがは大人気絵師だな……」
人間性については疑問はあるが、ホント絵の実力だけは折り紙つきだ。本当に可愛く描けている。それにしてもこんなに二次元化したイラストでも一瞬でティアラだとわかるティアラの容姿も恐ろしいな……。
「最高の出来だと思うぜ」
「ですがこの写真を送ってから、カラメル先生がティアラちゃんの連絡先を教えてくれってうるさいんです……」
「いや、ホントクズだな……」
ホント人間性だけは疑問が残る……。
「どうかしら? 先生のイメージ通りのイラストだったかしら?」
と、そこでニコニコ微笑みながら編集長がそう尋ねてきた。
「正直完璧です。むしろ申し訳ないぐらいの出来です」
「あら、それはよかったわね」
と、そこで俺は咲夜から挿絵を受け取ると他のイラストも確認していく。そのほとんどがティアラ氏のイラストで、どうやら急遽登場させたサブヒロインに対応させるために描いてくれた挿絵がほとんどのようだ。
どうやら今のまま書いていても問題ないイラストばかりだ。少し安心しながらも挿絵を確認してた俺だったが、最後の一枚に目を落としたとき、俺は首を傾げた。
ん?
「あの……編集長……」
「どうしたの? おっぱい触りたいの? いいわよ?」
「いや、それは罠にしか聞こえないので結構です」
と、俺にわずかに胸を突き出してくる彼女だが、そんな彼女を無視して俺は挿絵を一枚、彼女に差し出した。
「この挿絵……なんですか?」
それは病室らしきイラストだった。病院服でベッドに横たわる主人公と、そんな主人公に笑顔で話しかけるヒロイン二人。
ちなみに俺はこんな描写をまだ一度も執筆していない。
俺が首を傾げていると彼女は何かを思い出したようにハッとしたように目を見開いた。
「え? あ~これは私がカラメル先生に依頼して描いてもらったものよ。このシーンを一巻の終盤で使おうと思っているの。だから頑張って描いてね?」
「ここに来てのその依頼は無茶ぶり以外のなにものでもないでしょ。いやもうすでに無茶ぶりのオンパレードですけど……」
なんだかよくわからないけど、残りたった二万文字でこんなシーンをねじ込めるほど、俺は器用な人間ではない。
「で、このシーンはなんなんですか? なんだか穏やかではないイラストですけど……」
そう尋ねると彼女は相変わらずニコニコしたままこう言い放った。
「単刀直入に言うわ。一巻の最後に主人公を不治の病ってことにしてほしいの」
はあ?
「いや、ここまでラブコメで進めているのに、そんな思い展開にもっていくのはおかしいでしょ」
「ほら、前のシリーズは大ヒットしたでしょ? やっぱり先生の読者さんも先生にはそういう重いテーマを求めているのよ。せっかくカラメル先生がイラストを描いてくださってるんだし、もう一度一緒にアニメ化を目指しましょ?」
どうやら彼女は本気で言っているようだ。
もしも本気でそんなことを言っているのだったら……。
「…………」
と、そこで俺の表情の変化を読み取ったのか、咲夜が少し動揺した様子で俺の顔を見上げた。
「先生?」
「嫌です」
そんなの絶対にお断りだ。
「ダメよ。これはもう決まってることなんだから。そういう話で編集内でも取材してくださった雑誌にも話を通しているんだから。これだけはお願いね」
「いやですね。そもそもそんな大切な話をどうして今まで俺に話してくれなかったんですか?」
「だってそんな話をしたらさっくんは絶対に書いてくれなかったでしょ?」
「はい、書いてないです。そして、これからも書きません」
悪いけどそれだけは絶対に嫌だ。
俺は病気を題材にするようなライトノベルは金輪際書きたくない。それがたとえ編集長のごり押しだったとしても絶対に嫌だ。
きっと編集長自身もそれがわかっていたから、こんな今更拒否できないような状態を作ってから話を持ってきたのだろう。
編集長のごり押しなんて今に始まったわけでもないし、今まで嫌な顔はしてもデビューさせてもらったりアニメ化までしてもらった恩はあるから応えて来たけどこれだけは譲れない。
俺は咲夜を見やった。
「おい咲夜、お前も知ってたのか?」
「それは……」
「お前、それを知ってて俺に今まで黙ってたのか?」
なるほどこいつもグルだったようだ。きっと事情は編集長から聞かされていたんだろう。
編集長の命令だったら仕方がないのかもしれない。それでも、俺は初めてそんな咲夜に嫌悪感を抱いた。
そんな俺の目線に咲夜は明確に怯えたように胸に手を当てて俺から顔を背ける。
「先生……ちょっと怖いです……」
「…………」
と、彼女に指摘されて自分が醜悪な表情を浮かべていたことを自覚する。俺は慌てて彼女から顔を背けると、今度は編集長を見やった。
「と、とにかく俺はそんな話は聞いていないです。そういう話であれば、今回の件はなかったことにしてください」
そんな俺の言葉に編集長もまた少し驚いたような顔をしていた。どうやら、ここまで明確に拒絶されるとは思っていなかったようだ。
だけど、悪いのは編集長の方だ。
「さっくん?」
「その呼び方もやめてください」
「…………」
なんだか空気が一気に悪くなった。多分、俺のせいだけど、今の気分ではその空気を明るくしようなんて気は全く起きない。
と、そこでさっきまで顔を背けていた彼女が再び俺に顔を向けた。なにやら申し訳なさそうな表情で少し怯えながらも口を開く。
「先生、黙っててごめんなさい。ですが、どうして書けないんですか? 前回の作品はアニメ化もされた大ヒット作品です。同じように書けば今回もきっと多くの読者さんが読んでくださいますよ?」
「悪いけどそういう問題じゃない」
ただ本を売りたいだけだったら多分そうするだろうし、この業界ではそれが正解なこともわかっている。
けど、俺にはそんなことができるような度胸はないのだ。
しらばく六畳間に沈黙が続いた。咲夜は何も言えずに黙り込んでいるし、俺も言葉を発する気分ではない。
そんな空気を読みとった編集長が立ち上がる。
「まあそういうことで話は進んでいるからお願いね。私はそろそろお暇しようかしら。咲夜ちゃん、先生の説得はお願いね」
「そ、そんなこと言われましても……」
「五月晴れ先生、今夜ゆっくり考えて答えを出してちょうだい。あなたの読者が先生にどんな作品を求めているか」
そう言うと彼女は「じゃあまた来るわね」と言って玄関へと歩いていった。
そんな彼女の背中を見つめながら俺は「はぁ……」とため息を吐く。
悪いけど、何回来ても一緒だ……。
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