第3話 小悪魔編集ちゃんは手玉に取りたがる

 さてさて一通り編集ちゃんから説明という名の無理難題を聞かされた俺はさっそく執筆にとりかかることになった。


 と言ってもさすがにすぐに執筆できるような俺だったら2年間もスランプに陥っていないのだ。


 まずは与えられた情報を元に大まかなストーリーを考えるこにした。にゃんにゃん文庫のプロットフォーマットを開くと、そこに思いついたアイデアを入力していく。


 そんな俺を編集は正座したまましばらく眺めていたが、途中で飽きたのかキャリーケースのそばへと移動すると荷物の整理をし始めた。


 正直なところ、息遣いまで聞こえるほどすぐそばに座って作業を見られると、気が気じゃないので俺としても好都合だ。


 彼女は歯ブラシやコップなどを床に並べながら「♪ふっふ~んっ!!」と鼻歌を歌っている。


 そんな彼女を眺めると俺は思わず尋ねたくなる。


「なんでそんなに楽しそうなんだよ……」


 俺もたいがいな目に遭っている気がするけど、彼女は彼女で見ず知らずの男と強制的に同棲させられているのだ。それなのによく嫌な顔一つしないもんだ。


 そんな俺の質問に彼女はこちらに顔を向けると不思議そうに首を傾げる。


「え? だってひとの家に泊まるのって、なんだかわくわくして楽しくないですか?」


「よくお泊り会感覚でうちに来れたな……」


 そのポジティブさはもはや尊敬するわ……。


 呆れながら彼女を見つめると、彼女は頬を緩めた。


「まあ細かいことはどうでもいいじゃないですか。原稿完成までの間、私と仲良くしてくださいねっ」


「まあお前がそれでいいならいいけどさ……」


 そう言うと彼女は「それでいいんですよ」と言いながら再び鼻歌を再開してキャリーケースへと手を伸ばしたのだが……。


 次に彼女がキャリーケースから取り出した物を見て、俺は我が目を疑った。


「お、おい、なんだよそれ……」


「何って高校の制服ですが……」


 彼女の言葉通り、彼女の手には高校の制服が握られていた。少し使用感がありどうやら彼女の高校時代の制服のようだ。


 いや、なんで……。


「なんで高校の制服を持ち込む必要があるんですか……?」


 俺の言葉にそこで彼女はようやく言葉の意味を理解したらしく、はっとしたように目を見開いてからニコニコと笑みを浮かべた。


「あぁ……これは参考資料ですよ。今回の新作のビジュアルモデルは私なんですよ。パーティのときにカラメル先生が私の容姿を気に入ってくださったらしくて『えへへっ……次の作品はきみをモデルにヒロインを描くよ』と言ってくださいました」


 なるほど、そういうことね……。


 あと、俺の中でどんどんカラメル先生への絵以外の評価が地に落ちていくわ……。


 もういっそのこと例の写真バラされて炎上すればいいのに……。


「先生がアイデアに困ったときはこれを着るつもりです。あ、先生の分も用意しましたよ」


 と、今度は詰襟をケースから取り出すと嬉しそうに俺に見せてきた。


 は? 俺も着るのかよ……。


「24歳の俺に制服はきついだろ……」


「今度一緒に制服でお出かけしましょうね」


「いやだから俺が制服を着るのは――」


「あ、先生、お風呂はもう入りましたか?」


「おい、ひとの話を聞けっ!!」


 とどこまでもマイペースな編集ちゃんは、そう尋ねてきた。


「入ってないよ。寝る前にシャワーは浴びる予定だけど」


 基本的には俺はシャワー派だ。というよりもわざわざ湯船を張って浸かるのは面倒くさい。体さえ洗えれば何でもいいのだ。


 あっけらかんと俺が答えると、何故だか彼女はジト目で俺のことを見つめてきた。


「なんだよその目は……」


「最後に湯船に浸かったのはいつですか?」


「は? え、え~と……いつだったかな……」


「ダメですよ……。これから先生は地獄のような執筆生活が始まるんです。疲れた体はシャワーだけでは完全には癒せません」


 あ、いちおう彼女にも地獄という認識はあるのね……。少し安心したわ。


 彼女は詰襟をケースに戻すと立ち上がる。そして、スカートの裾を掴んでしわを伸ばすとこちらを見やる。


「今から、私がお風呂を沸かしてくるので、ちゃんとお風呂で疲れを落としてくださいね」


 どうやら強制イベントらしい。


 それはそうと。


「編集、お前はもう入ったのか?」


「私はその後に入ります。あと、編集って呼ぶのやめてください」


 どうやら彼女は編集と呼ばれるのが嫌なようでムッと頬を膨らませるとわざとらしく俺を睨んできた。


 だが、彼女が編集であることには代わりはない。


「編集を編集って呼んで何が悪いんだよ」


「確かに私は編集ですけど、これから一緒に生活するのに編集って呼び方は味気ないじゃないですか」


「こんな強制同棲に味気を求めるな」


「せめて気分ぐらいは前向きにいきたいじゃないですか」


 と、どこまでも彼女はポジティブ思考だ。


 彼女はしばらくムッと俺を睨んでいたが、不意に悪戯な笑みを浮かべると俺のもとへとすたすたと歩いてきて俺の目の前に正座した。


 そして、俺の方へと顔を伸ばして耳元に唇を近づけると「咲夜って呼び捨てしてください」と鼓膜を震わすような囁きボイスで言った。


 いや、今の耳元で囁く必要あったか?


「じゃあ私、お風呂入れてきます。あ、ちなみに先生のことはこれからも先生って呼びますね」


 いや、不公平だろ。だが、彼女がそう決めたらそうなってしまうのだ。彼女は立ち上がるとそのまま風呂場の方へと歩いていった。


 が、彼女がすぐに風呂場から出てくると「なんだか浴槽がばっちぃです……」と不満げに俺を見つめた。


「悪いな。男の一人暮らしなんてこんなもんだよ……」


「それは私への挑戦状ですか?」


「いや、違いますけど……」


「わかりました挑戦を受けましょう。ピカピカにしてぎゃふんと言わせます」


 と、一人で勝手に解釈した彼女は腕まくりをして風呂場へと戻っていった。


 まあ綺麗になるならそれでいいか……。



 ※ ※ ※



 ということで俺の言葉を挑戦状と受け取った彼女はその後、20分ほど風呂場で格闘をしてへとへとになって部屋に戻ってきた。


 俺はいかに風呂場が綺麗になったのかを確認させられ「ははぁ~凄いです。参りましたっ!!」と敗北宣言をさせられると、彼女は満足げに頷いた。


 そしてそれからさらに20分ほど俺は執筆に、彼女は荷物整理に時間を費やしたところで風呂場から ♪ピロリロリ~ンという音が聞こえた。


「先生、お風呂が入ったみたいですよ」


 と、荷物整理を終えてファッション誌を眺めていた彼女が俺に顔を向ける。


 そこで俺はふと疑問を抱いた。


「そう言えばお前はもう風呂に入ったのか?」


 そう尋ねると彼女は眉を潜めて「お前?」と首を傾げる。


 どうやら名前で呼ばなきゃダメらしい。


 あーなんかよくわからんけど恥ずかしい……。


「さ、咲夜……はどうするんだよ……」


 と羞恥心を堪えながらそう尋ねると、彼女は満足げに笑みを浮かべた。


「私は先生の後に入りますよ。だから先に入っちゃってください」


「俺は別に後でもいいぞ。それに俺の後に入るのは……気持ち悪いだろ?」


 さすがに掃除までしてくれた美少女に自分の後に入らせるのは気が引ける。だが、そんな俺を彼女は不思議そうに見つめた。


「え? どうして気持ち悪いんですか?」


 と、俺の言葉の意図が理解できなかったようだ。が、しばらく考えたあとに「あ、そういうことですね……」とようやく俺の言葉の意味を理解した。


「そういうことだよ」


「先生は私の上がった後のお風呂に入りたいんですね?」


 あ、違う違う。


「そういうことじゃねえよ」


 なんだか俺は今変態にされた気がする。


 俺が慌てて否定をするが彼女は「わかりました。そういうことなら私が先に入りますね」とタオルをキャリーケースから出すと風呂場へと歩いていく。


「おいこらっ。せめて誤解を解いてから入れ」


「♪ふっふふ~ん」


 あー聞いちゃいねえ……。



※ ※ ※



 それから編集……もとい咲夜は30分ほど風呂に入ってから風呂場から出てきた。女の子のお風呂とは相当な時間を要するイベントのようだ。


 風呂場から出てきた彼女はわずかに水分を残した髪を蛍光灯に反射させながら、タオルで髪を拭いていた。


 が、そんな彼女を見て俺は我が目を疑う……。


「なっ……」


「どうかしましたか?」


「いや……なんだよその恰好……」


「なにって……パジャマですが……」


 なんというか、彼女の服装はすごかった……。


 彼女は純白のレース地のドレスのようなパジャマを身に纏っていた。多分これはネグリジェというやつだ。


 月並みな言い方だけど彼女はまるでどこかの国のお姫様のようだ。


 そして、ワンピース型のそのネグリジェの胸元は大きく開いており、風呂上がりでぽかぽかにほてった彼女の薄ピンク色の谷間が露見している。


 可愛さとエロさを兼ね備えたようなそんな彼女に思わず言葉を失う。


「どうですか? 似合ってますか?」


 そう俺に尋ねると、彼女は長いスカートの裾を掴むと貴婦人が挨拶でもするようにわずかにスカートをつまみ上げて笑みを見せた。


「実はこれも先生の小説の参考資料なんです」


 そう言うと彼女はコタツの上に無造作に置かれた挿絵の中から一枚を取り出して俺に見せた。


 なるほどヒロインのパジャマとデザインが全く同じだ。


「このイラストをモデルにして特注で作ってもらいました。少しでも先生の創作にお役立ちできればと思いまして」


 なんというか目のやり場かなり困る格好だ。俺がわずかに頬が熱くなるのを感じていると、彼女は俺の前までスタスタと歩いてきて目の前でしゃがみ込んだ。


 そして俺に顔を接近させると首を傾げて、俺をじっと見つめた。


「先生はこういうのはお好きですか?」


「な、なんというか……目のやり場に困るな……」


 そんな風に間近で尋ねられると、なにかと返事に困る……。


 だけど彼女はそんな困った俺の顔を見るのが大好きな極悪人のようだ。彼女は冷や汗をかく俺をしばらく見つめてから悪戯な笑みを浮かべると、


「へぇ……先生はこういうパジャマを着る女の子はお嫌いなんですか?」


 あー顔が近い。


 こうやって目の前で見てみても、彼女の肌はみずみずしくて粗がない。そして幼いくせに相手を挑発するようなその意地悪な笑顔にはどことなく色っぽさも感じる。


 ほんとなんでこんな可愛い子がにゃんにゃん文庫の編集なんてやってんだ?


「お嫌いですか?」


 彼女のそんな顔に見惚れていると彼女は再びそう尋ねてきた。


「いや、別に嫌いってわけじゃないけど……」


 かろうじてそう答えると、彼女は満足したように笑みを見せると、


「素直なんですね。えらいえらい」


 と、俺の頭を優しく撫でた。


 あーなんか俺、順調にこの子に飼いならされつつあるような気がする……。

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