STAGE 3-48;遊び人、S級職と戦う!【後編】
「
アストが展開した魔法陣を前にして、エルフの王は深く眉をひそめた。
「ふむ。邪神の魔法だけをうまく使えればよかったんだがな」アストはあくまで落ち着いた声色で言う。「あいにく俺の身体は
「フ、何をふざけたことを――人類が職業を
「そう言われてもな。実際にふたつ持っているんだから仕方ないだろう」
アストは淡々と答えながら、黒い魔法陣を空に描いていく。
彼女は続けて、
「だからこそ俺は、『遊び人』の魔法の
「大愚。余を倒す、だと?」
王は顔をしかめる。
たとえ得体の知れない職業持ちだとしても、所詮は同じ人間種。
神から加護を授かる立場である人間が。
『職業』による絶対的な格付けを知っているはずの人間が。
――
「冗談としても、片腹痛い……!」
王の感情は驚きから疑念、嘲笑を経て――
今や〝激しい怒り〟へと変化する。
「悔恨。余は自らの行いを悔いている。仮にも
そんなエルフの王・アルフレッデの言葉に対して。
アストは、
「む?」
と小気味よく首を傾げてから。
どこか愉しげに言う。
「なんだ、おっさんはまだ全力じゃなかったのか。さすがはS級職だ――ふむ。懸命な判断だな」
「……?」
「ああ、いや。俺も困るんだ。全力を出してもらわないと――すぐに終わってしまうからな」
そう言ってアストは。
空で浮かび不穏に輝く漆黒の魔法陣を――完成させた。
「――〝
呟くと同時に発したアストの非凡たる
「――ッ⁉」
エルフの王は瞬時、すべての思考を飛ばした。
王としての誇り。S級職としての驕り。
神よりの使命。
これまで彼という存在を構成していたそのすべてが。
目の前のたったひとりの
彼女が発する異質な空気に――書き換えられていく。
(絶語……! 一体なんなのだ、これは――⁉)
少女が描いた前代未聞の魔法陣からは、何やら
どこまでも黒く濃厚な霧は、ゆっくりと黄金色の髪の少女の全身を覆っていく。
(――美、しい)
本能が思考に訴える。
年齢の差も。種族の壁をも越えて。
しかし次の瞬間にはその感情すらも消えている。
王の全身から冷や汗が滲む。心臓が奇妙に拍動する。
顎下から地面に向かって液体が堕ちる。
そこで気づいた。
今、
支配している感情は――弱者が遥か高みの強者に面した時と同じ。
他ならぬ〝絶対的恐怖〟であることを。
「ぐ、アアアアアアアアアアッ……‼」
張り付いた喉から絞り出すように。
ほとんど悲鳴に近いような雄叫びを王はあげた。
エルフの王たる者が? S級職が? 頂点である自分が?
――たったひとりの
その事実が受け入れられない。
しかし本能は容赦なく脊髄に命令をくだす。理性がそれをせき止める。
逃げろ。逃げるな。逃げても。逃げられない。
構えよ。備えよ。死に備えよ。抗え。壊せ。
「~~~~~~ッ‼」
刹那の絶々たる葛藤の末に。本来、王がしてはならない種類の当惑の末に。
彼は。恥も外聞も捨て去って――
もてる力のあらゆるすべてを、一弓に、こめた。
構えるは巨大な弓。
張り詰めるは鋭利な
見開いた視線で射貫く先で――
少女は。
その少女は。
「…………」
桜色の口の端を、
――漆黒の〝弓〟を、構えていた。
(……な⁉)
王の
それもその筈。相対する
得体のしれぬ魔法陣から噴出した、得体のしれぬ
その死より深い闇が変化して
漆黒の柄。漆黒の弦。漆黒の矢――その総体。
を。彼女は構えていた。
(どこまでも、余を
再び赤い感情が王の思考回路を塗り替えていく刹那。
アストという、世界の果てに佇む人形のような少女は。
小さく、
「―― ≪
「…………っ⁉」
一切の理解が、できなかった。
アストが撃った矢は、その数刻前に王が放った矢を一切の無に帰しながら迫りくる。
S級職『
まるで稚戯のように〝なかったこと〟にしながら、少女の黒い矢は天と地を切り裂き進みゆく。
(超然……! 何がどうなっているのだ? 弓矢の形こそ取っていれど――こんなものは矢でもなんでもない。触れるものすべてを
王はそこでふと何かを悟るように息を呑んだ。
(否定。そうか、或いは。少女は。
息を呑んで――続ける。
「ただ単に〝強き〟を求めているだけなのかも、しれぬな……」
まるで腕試しだ、と王は思った。
王の超凡たる弓撃を見たことで。
最高峰に真っすぐ立ち向かうことで。
自らの力を確かめたいとただ思った。
――ごくごく単純な、
稚児のように純粋な心。自分とどちらが強いか?
自分はどこまでいけるか? その先に何が在るのか?
――知りたいがための根源的な欲求。
いつしか大人になるにつれ、限界を見知って。
失ってしまうことの多い自由奔放な好奇心。
(嗚呼、余ですらも――とうに枯れていた)
神よりのミサダメを守ること。
様々な古き
それを――思い知らされた。
「――完敗。見事だ、若き秀烈たる
無限に引き伸ばされた一瞬の果てに。
アストが放った黒き矢は。
世界において絶対的であった王の威信すべてを――
抉り取った。
『――――――‼』
巨大な爆発による激動と
「ふむ。はじめての魔法だ。うまくできるか不安だったが……おっさんを倒せるくらいなら、成功としていいだろう」
全身に黒いオーラをまとったアストは。
相手への最大限の賛辞の言葉を紡ぎながら――言った。
「約束だ――お姫様は返してもらうぞ」
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S級職、撃破――!
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