STAGE 3-48;遊び人、S級職と戦う!【後編】

吃驚きっきょう……! この黒色の発光はまさか――【邪神】の魔法陣、か……?」


 アストが展開した魔法陣を前にして、エルフの王は深く眉をひそめた。


「ふむ。邪神の魔法だけをうまく使えればよかったんだがな」アストはあくまで落ち着いた声色で言う。「あいにく俺の身体は便でな……そういうわけにもいかないんだ。邪神の職業魔法スキル・マジックをそのまま使えば、つられて神様からもらった職業――『遊び人』のデメリットしかない魔法も強制的に発動してしまう」


「フ、何をふざけたことを――人類が職業を持つ? 加えてれが、神と邪神という徹底的に相反する存在からの授かり物ギフトなど、天地が返ろうともあり得ぬことだ」


「そう言われてもな。実際にふたつ持っているんだから仕方ないだろう」

 

 アストは淡々と答えながら、黒い魔法陣を空に描いていく。

 彼女は続けて、

 

「だからこそ俺は、『遊び人』の魔法のを発動させてやる代わりに、その分の■■■■■■邪神の魔法を部分的に使えるよう調整した。いわゆる交換条件というやつだな。代償として、どんな『遊び人』の魔法デバフがかかるかはランダムで自分にも分からんが――ともかく、この魔法でS級職のお前を倒すことにしよう」


「大愚。余を倒す、だと?」


 王は顔をしかめる。

 たとえ得体の知れない職業持ちだとしても、所詮は同じ人間種。

 神から加護を授かる立場である人間が。

 『職業』による絶対的な格付けを知っているはずの人間が。


 ――S級職さいきょうを、倒すなど。


「冗談としても、片腹痛い……!」


 王の感情は驚きから疑念、嘲笑を経て――


 今や〝激しい怒り〟へと変化する。

 

「悔恨。余は自らの行いを悔いている。仮にもぬしは我が愚娘を一度は救った客人――今にしては浅短なそんな思いが、頭のどこかにあった。されど安堵せよ。此処からは何ひとつ加減はせぬ。余がもつ総ての力をもって、主を討つ――」


 そんなエルフの王・アルフレッデの言葉に対して。

 アストは、

 

「む?」


 と小気味よく首を傾げてから。

 どこか愉しげに言う。


「なんだ、おっさんはまだ全力じゃなかったのか。さすがはS級職だ――ふむ。懸命な判断だな」


「……?」


「ああ、いや。俺も困るんだ。全力を出してもらわないと――すぐに終わってしまうからな」


 そう言ってアストは。

 空で浮かび不穏に輝く漆黒の魔法陣を――完成させた。


 

「――〝アンダーコントロール制御下スキルマジック職業魔法〟」


 

 呟くと同時に発したアストの非凡たる圧気オーラに。


「――ッ⁉」


 エルフの王は瞬時、すべての思考を飛ばした。


 王としての誇り。S級職としての驕り。

 神よりの使命。森人族エルフとしての運命。

 

 これまで彼という存在を構成していたそのすべてが。

 目の前のたったひとりのいとけなき少女の存在に。

 彼女が発する異質な空気に――書き換えられていく。

 

(絶語……! 一体なんなのだ、これは――⁉)

 

 少女が描いた前代未聞の魔法陣からは、何やらのようなものが世界へと滲出してきた。

 どこまでも黒く濃厚な霧は、ゆっくりと黄金色の髪の少女の全身を覆っていく。


(――美、しい)


 本能が思考に訴える。

 年齢の差も。種族の壁をも越えて。

 真人族ヒューマンの年端も行かぬ少女の美麗さに王は息を呑む。


 しかし次の瞬間にはその感情すらも消えている。

 王の全身から冷や汗が滲む。心臓が奇妙に拍動する。

 顎下から地面に向かって液体が堕ちる。

 

 そこで気づいた。


 今、森人族エルフの王たる自身の思考を。脳を。全身を。

 支配している感情は――弱者が遥か高みの強者に面した時と同じ。


 他ならぬ〝絶対的恐怖〟であることを。


「ぐ、アアアアアアアアアアッ……‼」


 張り付いた喉から絞り出すように。

 ほとんど悲鳴に近いような雄叫びを王はあげた。


 エルフの王たる者が? S級職が? 頂点である自分が?


 ――たったひとりの真人族ヒューマンの少女に対して、果てのない恐怖を抱いている。


 その事実が受け入れられない。

 しかし本能は容赦なく脊髄に命令をくだす。理性がそれをせき止める。

 

 逃げろ。逃げるな。逃げても。逃げられない。

 構えよ。備えよ。死に備えよ。抗え。壊せ。


「~~~~~~ッ‼」


 刹那の絶々たる葛藤の末に。本来、王がしてはならない種類の当惑の末に。

 彼は。恥も外聞も捨て去って――


 もてる力のあらゆるすべてを、一弓に、こめた。


 構えるは巨大な弓。

 張り詰めるは鋭利なつる

 見開いた視線で射貫く先で――


 少女は。

 その少女は。


「…………」


 桜色の口の端を、かすかに上げて。


 ――漆黒の〝弓〟を、構えていた。


(……な⁉)


 王の静端せいたんな表情がさらに歪んでいく。

 それもその筈。相対する真人族ヒューマンの少女が手にしていたのは、自らの十八番であった――〝弓〟。


 得体のしれぬ魔法陣から噴出した、得体のしれぬ霧靄きりがすみ

 その死より深い闇が変化して形創かたちづくられたのは、漆黒の弓。

 漆黒の柄。漆黒の弦。漆黒の矢――その総体。

 を。彼女は構えていた。


(どこまでも、余を虚仮こけにしおって――!)


 再び赤い感情が王の思考回路を塗り替えていく刹那。

 

 アストという、世界の果てに佇む人形のような少女は。

 小さく、って。

 

「―― ≪ 冥 黯ダークナイト・ 矢アロウ ≫」

 

 くろく張り詰めたその矢を――解き放った。


「…………っ⁉」


 一切の理解が、できなかった。

 アストが撃った矢は、その数刻前に王が放った矢を一切の無に帰しながら迫りくる。

 

 S級職『極弓王アーチャーキング』として、なりふり構わず全身全霊を込めた矢を。

 まるで稚戯のように〝なかったこと〟にしながら、少女の黒い矢は天と地を切り裂き進みゆく。


(超然……! 何がどうなっているのだ? 弓矢の形こそ取っていれど――こんなものは矢でもなんでもない。触れるものすべてをえぐり壊すだ。生を穿うがつ絶対的な暴力で。――余よりも強い矢で。弓系職の最高到達点である余の総てを、決定的に砕きにきている……!)


 王はそこでふと何かを悟るように息を呑んだ。

 

(否定。そうか、或いは。少女は。のどこまでも異質な少女は――)


 息を呑んで――続ける。


「ただ単に〝強き〟を求めているだけなのかも、しれぬな……」


 まるで腕試しだ、と王は思った。

 

 王の超凡たる弓撃を見たことで。

 最高峰に真っすぐ立ち向かうことで。

 自らの力を確かめたいとただ思った。


 ――ごくごく単純な、


 稚児のように純粋な心。自分とどちらが強いか?

 自分はどこまでいけるか? その先に何が在るのか?


 ――知りたいがための根源的な欲求。


 いつしか大人になるにつれ、限界を見知って。

 失ってしまうことの多い自由奔放な好奇心。


(嗚呼、余ですらも――とうに枯れていた)

 

 神よりのミサダメを守ること。

 森人族エルフの運命を果たすこと。

 

 様々な古き仕来しきたりに囚われていた王には――決してたどり着けない境地に彼女はいた。

 それを――思い知らされた。

 

「――完敗。見事だ、若き秀烈たる真人族ヒューマンの少女よ」

 

 無限に引き伸ばされた一瞬の果てに。

 アストが放った黒き矢は。


 世界において絶対的であった王の威信すべてを――

 

 抉り取った。


 

『――――――‼』

 

 

 巨大な爆発による激動と反射ハレーションがおさまったあとで。


 

「ふむ。はじめての魔法だ。うまくできるか不安だったが……おっさんを倒せるくらいなら、成功としていいだろう」


 

 全身に黒いオーラをまとったアストは。

 相手への最大限の賛辞の言葉を紡ぎながら――言った。



 

「約束だ――お姫様は返してもらうぞ」

 



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S級職、撃破――!

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