STAGE 3-47;遊び人、S級職と戦う!【前編】

巫山戯ふざけ真人族ヒューマンの小娘よ。主は森人族エルフが王である我が手をもって、粛清しゅくせいを行う」


 エルフの王――アルフレッデが迫力ある低い声で言った。


「ひいいっ……! 偉大なる王よ、どうか、どうか……!」


 近寄ってきた側近たちに対して、彼は威嚇するように杖を振るった。

 続く動作で杖を空に掲げると、その輪郭が蒸気のように揺らめいて。


 みるみるうちに巨大な〝弓〟の造作へと変形していった。

 

「参るぞ、【変幻無弓】――」


 それは刹那の出来事だった。

 ぎりぎりぎりと、生じた巨大な弓を激しくしならせて。


 エルフの王は一本の矢――というにはあまりにも激烈な一撃を。


「――≪ 大弓/一射 ≫」

 

 アストに向けて、解き放った。


「――っ!」


 大砲のごとく空気をえぐり取りながら発射された矢によって。

 アストは叩きつけられるように吹き飛んだ。


「む、う――これがS級職の力か……! 想像以上に、凄まじい威力だな」

 

 身体を起こしていると、エルフの王がゆっくりと圧ある足取りで近づいてきた。


「憤慨。我が一族は、今日この日のために生きてきた。それを貴様のような部外者の真人族ヒューマン風情に妨碍ぼうがいをされ……これは森人族エルフだけではない。最早〝神〟に対する冒涜ぼうとくである」


 王がふたたび弓を構えた。


 が――様子が違う。

 

 先ほどはただただ巨大だった弓が、ふたたび陽炎かげろうのように揺らめきはじめ。

 今度は〝小型の弓〟の形をなす。


 そして、その小ぶりの弓が。


 まるで分裂したかのように、周囲の空に――浮いていた。


「余の弓具は〝幻弓〟――しかし、その分かれたどれもが徹底的にを伴い、貴様の身をえぐる。容赦はせぬぞ、小娘」


 王がそのうちのひとつを構えて矢を引くと。

 周囲に浮かんだ多数の弓も、呼応するようにぎりぎりと弦が張っていく。


「――≪ 多弓/掃射 ≫」

 

 手にしたひとつを王が撃つと。

 それを引き金にして、周囲の弓からも無数の矢が一斉に放たれた。

 

「む――」


 嵐のように降り注ぐ矢によって、アストは追い詰められていく。

 かわせどもかわせども、矢の雨は止むことはない。

 むしろ数と勢いが増していくばかりだった。


 そして追い詰められた先で――

 

「冗費。今度は逃さぬ――≪ 大弓/突射 ≫」

 

 ふたたび一つの大弓を手にした王が、その特大なる矢を引いて。


 撃った。


「む、う……!」


 矢の本体はすんでのところでかわしたが、それでも致命的。

 アストの小さな身体は、衝撃破をまともに受けて壮絶に吹き飛んだ。


「ふ、む……あの矢は、まずい」

 

 先の地面に叩きつけられて。

 瓦礫の中から、どうにか身を起こして呟いた。


「まるでビームだな――とてもじゃないが、ただの〝一本の矢〟だとは思えん」


 しかしアストは。

 破れたスカートを手繰り寄せ、きゅう、と腰元に結んでから。

 

「これがS級職か。底が分からん。しかし、それ以上に――面白いな」

  

 片方の口角を、上げた。


「憂慮。今のを受けて立ち上がるか。いささか感心ではあるが、同時に愚かだ。結末は既に決まっている。余の臣下の忠言通り、何故無駄に命を散らす必要がある?」


「そんなものは知らん。言っただろう。俺はただ、姫様を助けるだけだ」


「愚問。エリエッタの運命は、神が定めたもうたものだ。ぬしは人間種族の分際で、神の意に逆らう気か?」


「……ふむ」


 アストは王の問いかけに首を傾げると。

 やはりどうにも分からないように言った。

 

「俺は思うんだがな。この世界において〝死ななければならない運命〟なんてどこにもないと思うぞ?」


「戯言。主に何が分かる……!」


 王が言葉尻を強める。

 

「むう、そうだな。分かることがあるとすれば」


 アストは頭を掻きながら、王に向き直って続ける。

 

「ミサダメだかなんだか知らんが、もしそれで誰かの生命いのちを代償にする必要があるのなら、」


 そして彼女は。

 透明な宝石のような瞳で、まっすぐに王を射貫いて。


 言った。


「それは神の掟でもなんでもない――ただのだ」


「っ⁉」

 

 王はたまらず目を見開き、唇を噛み締める。


「啞然。神よりの拝命はいめいを〝呪い〟などとのたまうとは――! 恥を知れ、≪ 多弓/乱射 ≫――」


 怒りに打ち震えた王が、ふたたび空に数多の弓を展開した。

 乱れ撃たれた矢は豪雨のごとき熱烈さをもってアストへと襲い掛かる。


「……≪闇の次元を切り裂くディメンション・ダークブラッド紅き血潮の剣筋・キルバスター≫」

 

 アストは取り出した小剣を。

 やはりどこまでも中二的な名称の古代魔法で強化し、衝撃をいなしていく。

 

 撃つ。弾く。撃つ。弾く。撃つ。弾く。

 撃つ。弾く。撃つ。弾く。撃つ。弾く。


 一撃ずつが大地をも砕く威力の矢の乱舞を。

 アストは果てない緻密さと強烈さをもって受けきった。


「莫迦、な……!」


 その異常さに、王の表情がたまらず歪む。


「なぜだ……なぜ、止むことなく攻め続ける余の方が、されなければならぬ……⁉」


「ふむ。どうした、もう終わりか?」


 アストは全身に擦り傷を負いながらも、いつもの落ち着いた口調で問うた。

 王はゆっくりと首を振って答える。

 

「愚問。終わるのは、主の方である――禁術展開」


「む?」


 王のオーラが明確に変わった。

 全身から立ち上るおびただしい覇気。

 つられるように、王が手にしていた弓が空へと浮かんでいく。


 やがて中空で静止した弓が、オーラとともに揺らぎ、変形し――


 岩壁のように反り立つ、巨大で禍々しい大弓へと成長した。


穿うがて――≪ 極弓/滅矢 ≫」


 弓を覆うように滲み出た王の圧気が爆発して。

 巨大な弓は、あまりに常軌を逸した矢の一撃を――放つ。

 

「……っ⁉」

 

 アストの超絶的な動体視力をもってしても。

 その射出の瞬間を、捉えることはできなかった。


 気づいたときには。アストの身体は。


 空前絶後の豪矢を受けて。

 大地の底へと、叩き込まれた。


終熄しゅうそく。よもや、ここまで手こずるとは」


 轟音と地響きが鳴りやまない。

 生じた砂霧は濃々と周囲の空気を覆っている。

 

「しかし、万事は予期通りにすぎぬ。これより祭壇に戻り、儀式の続きを――」


 ぴくり。

 踵を返した王が、ふと止まった。


「……戯話。まだ、気配があるか」

 

 背後に広がった、まるで星が落ちたかのような途轍とてつもないクレーターの中心から。

 立ち上がってきたのはやはり――ひとりの少女。


 王は振り返ることなく、顔を歪めた。


「ふふ、はは――なんだ、今のは。凄まじい威力だな。俺の古代魔法のガードが、ぜんぶ吹き飛んだぞ」


 ぼろぼろになった身体を抱えて。

 しかし表情だけは愉悦に微笑して。


 アストは言った。

 

「油断したのは俺の方だ。まさかここまでとはな。確かに、おっさんには古代魔法このままじゃ勝てなさそうだ。かといって、」


 アストは頭の中で、邪神の魔法を使った時のことを思い出す。

 絶大なる力につられて強制的に発動してしまう『遊び人』のエロチシズムなふざけた魔法――


 自我のコントロールすら効かない状態異常デバフは、可能な限り避けたかった。

 

「代償が大きすぎる職業魔法あっちはあまり使いたくはない。だから――全部とは言わず、借りることにしよう」


 そう言ってアストは。

 引きちぎれた衣服の紐で、黄金色の髪の毛を束ねてから。

 

 

 ――■■■■■■邪神の魔法陣を、展開させた。



==============================

遂にアストの本気が……⁉


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(今後の執筆の励みにさせていただきます――)

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