STAGE 3-41;帝国軍大佐、正体を現す!

 帝国軍の大樹林駐在地。

 特別軍大佐であるシンテリオが、自らの拠点の入り口で3人を迎えた。


「シンテリオ様~! アストさんたちを連れてきたっす~!」


 出向いたのはチェスカカとリルハム。

 そして、ひとりで世界樹へと向かったアストの代わりに――

 彼女の姿を真似た逸脱種の神遺物アーティファクト・【真涅鏡ニルバナ・ミラ】だった。


 そんな3人が近づいてくるのに気づいて、シンテリオは仰々しく両手を広げた。

 歓迎の意を示しているようだが、形だけにも見える。

 

「これはこれは。よくお連れしましたね、チェスカカ」


 アストが〝ニセモノ〟であることに少し罪悪感を感じながらも、彼女は頷いた。「は、はいっす……!」


「おやおや。従者の方も御一緒のようで」シンテリオが狼少女・リルハムに目を向けて言った。


「ご主人ちゃんになにかあったらいけないからねー。としてついてきたんだよー」


 リルハムはあらためてシンテリオを睨みつけるようにして、小声で続ける。


「うー……。やっぱりリル、こいつのこと、きらいだよー」


「いやはや。そのように警戒なされないでください」


 シンテリオは首を振りながら、落ち着きある口調で続ける。


「私はただ、他ならぬアストさんにお訊きしたいことがあったのです。ですが、その前に――≪火炎弾フレイム・バレット≫!」


「「っ⁉」」


 突如。

 シンテリオの手から炎の弾が飛ばされた。

 それをアストの形をしたミラとリルハムは、左右に分かれるように飛んで避ける。

 

「なっ⁉」チェスカカが目を見開いて叫んだ。「なにをするっすか、シンテリオ様!」


「チェスカカ――貴女は黙ってそこで見ていなさい。≪火炎散弾フレイム・ショット≫!」


 続いてシンテリオは空に複数の魔法陣を展開した。

 そこから複数の炎の弾丸が飛ばされ、空を轟音と共に切り裂いていく。

 

「――≪火炎嵐フレイム・ストーム≫!」

 

 魔法の展開は止まらない。

 シンテリオは数多の炎をひねり出すように生成し、その炎を背後に纏うようにしている。

 

 無数の炎弾は、まるで豪雨のようにリルハムたちへと降り注いだ。

 

「うあー……避けきれ、ないよー……!」


「――≪ 火炎球フレイム・スフィア ≫」


 シンテリオが勝ち誇ったような笑みを浮かべたとともに。


 ひと際大きな炎の塊が、リルハムのもとに迫った。

 彼女は唇を噛み締めるようにしてから――刹那。


 その炎球を、


「――っ⁉」


 さすがのシンテリオも、そこで動揺したように目を見開いた。

 一体何が起きたのか分からない。

 確実に相手を捉えたと思った攻撃が、一瞬のうちにその狼少女によって消失させられた。


「うあー、悔しいよー……」


 すたり、と。

 地面に着地したリルハムが頭上の耳をぴくつかせながら言った。

 

「なるべく魔法は使わないようにしてたんだけどー……つい使ー」


 見あげると、リルハムのいた中空には≪魔法陣≫の名残が光の粉のように浮かんでいた。

 どうやら彼女は魔法を起動させたらしい。


「いやはや。主人アストさんの方についつい警戒をしていましたが……」


 シンテリオが目の奥を光らせて言う。

 

「いずれも炎系職の基本魔法だったとはいえ、私の炎撃の嵐を受けて無傷とは。――貴女も只者ではないようですね」


「その台詞、そっくりそのまま返すよー……!」リルハムが警戒しながら尻尾をゆらめかせた。

 

「一体、何が起きたっすか……⁉」


 一瞬のことで、チェスカカの目には全貌が捉えられなかったようだ。

 数多の火炎が飛び交う嵐の中、ひと際巨大な炎の攻撃を――リルハムが消滅させた。


 その事実に。

 

「やれやれ。随分と余裕のある表情をされていますね。御見受おみうけするに、まだ〝何か〟を隠し持っている御様子。ならば――」


 シンテリオは普段の作ったような微笑を止めて。目をかっと見開き。

 数多の魔法陣を展開させ、背後で蠢く炎の強度を上げていった。

 

 ごごごごごご、と燃え盛る炎はやがて――


 となって立ち昇る。

 

「こうすれば貴女も――していただけますでしょうか?」


「な、なななななっ⁉」チェスカカがこれまで以上に大きな声で叫んだ。「炎が、黒いっす~~~……⁉」


「リルハムの姉貴!」アストの姿を取ったマネが眉をひそめた。「……多分、こいつは、」


「うんー……」リルハムがごくりと唾を飲み込んで言う。「黒い。神様の職業を捨てて、邪神様と契約をした――【魔人】だよー」


「そ、そんな⁉ シンテリオ様が、魔人……? 冗談っすよね……⁉」


 魔人。

 それは悪魔と契約し『邪神の職業』を授かった者のことを指す。

 

 アストをもって〝いいやつ〟と呼ばれるリルハムのようなを除いて。

 

 通常、冥界めいかいから地上に進出してきた悪魔は〝世界の征服〟を望む、まさしく人類にとってのであることが多い。

 例えば――〝北の大穴〟の最下層で激闘を繰り広げた悪魔・フルカルスのように。


「ええ、ええ。私は【あのお方】のためなら、悪魔に魂を売ることすら惜しくはありません」


 シンテリオは背後で黒い炎をたぎらせながら続ける。


「それに――私は【あのお方】に仲介をしていただき、契約をしたのは――悪魔の中でも特に畏怖され一目いちもくを置かれる、上位の数字持ちナンバーズに認められたのです……!」


「なっ⁉」チェスカカが焦ったように瞳を広げ、他の二人の方を振り向いた。「お、お二人とも、逃げるっす! もしも数字持ちナンバーズの悪魔だなんてと契約をして、今まで以上の力を手に入れたのだとしたら――シンテリオ様には、どうあがいても勝てないっす……! シンテリオ様はあの〝黒い炎〟を使わなくたって、の中でもトップクラスの強さを誇る実力の持ち主だったっす~……!」


 彼女は身を震わせながら言った。

 その瞳の奥には、未だ信じがたいような混乱の色が見える。


「さてさて。ひとつお尋ねしたいことがあります」


 黒炎をまとったシンテリオが、アストの姿を取ったミラのことをきっと睨んで。

 何かを確信したように片方の頬を上げて言った。



「――は、今どちらにいらっしゃるのですか?」


 

「……っ!」


 

      ♡ ♡ ♡

 


 同時刻。世界樹を取り巻く大樹林にて。

 作戦決行の合図を受けた帝国特別軍――シンテリオの部下である兵士たちが、巨大な松明を手にして声を荒げていた。


「命令は下った!」

「今こそ待ちわびた時だ!」

「大樹林に火をつけろ!」


 火の手はあらゆるところであがっていた。

 夜の空の底が、ゆらめく炎の色で不気味に染まっていく。


「邪魔する森人族エルフは問題ない――容赦なく殺せ!!!」


 強襲は森人族エルフたちの暮らす樹下街じゅかがいにまで及んだ。

 帝国軍に〝裏切られた〟と知った彼らエルフは必至の抵抗を見せるが……ふだん軍の指揮を執る王族や上層部のエルフたちは、今や儀式のために世界樹の内部に籠っている。


 統率が取れない中でも懸命に反抗を試みるが――


 戦力の差は歴然であった。


『きゃあああああああっ!』

 

 兵士ではないエルフの民たちの悲痛な叫び声があがる。

 もはやそれまでにあった〝お祭り〟を楽しむ朗らかな空気からは一転していた。


 立ち昇る炎。襲撃。悲鳴。流れる血。怒り。

 反抗。制圧。轟音。祈り。打ち砕かれて。

 

 周囲に漂うのは、どこまでも禍々まがまがしいいくさの喧噪だった。


 

 ――終わりが、始まろうとしていた。


 


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いよいよ戦いの火蓋が切られて――⁉

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